魔法使いのターン③
「悠さんとは『そうちゃん』や『せんちゃん』の紹介で出会ったんでしょう?だったら安心してお任せできるわ。至らない娘ですが、よろしくおねがいします」
「え……あ、はい」
そういうことにしているのだろうかと勇者は視線だけで魔法使いに問う。魔法使いは小さく頷く。そうちゃんとは僧侶の事、せんちゃんとは戦士の事。しっかりした大人二人の紹介だからこそ、母は勇者を信用しているのだ。
「あの二人とお知り合いだったのですね」
「ええ。この子ったら同世代の子とはうまくやれなくて。年上の方と聞いてはいるけれど、二人はよく遊びに来てくれるの。どちらもきれいだししっかりしているし、素敵な子達よね」
「『よく』?」
「ふたりとも真帆が中学の時から遊びに来て、そうちゃんにはよく勉強を教わって、せんちゃんには美容室を紹介してもらったりしたものね」
その言葉のおかしなところに気づかなかった勇者ではない。魔法使いは最近勇者と会って、それから僧侶や戦士と会ったのではなかったのか。中学の時から共にいたとなると話が違う。
勇者が魔法使いの顔を見れば、彼女は青白い顔色をしてうつむいていた。
■■■
ぬいぐるみと映画のDVDだらけの部屋のベッドで、魔法使いはうずくまって泣いていた。
「ごめんなさい……」
ただそれだけを繰り返す。勇者はそれを見て困った。勇者は証言を得てから『夕飯を食べていって』という魔法使い母に押され、魔法使いの部屋で時間を潰すことになった。しかし魔法使いは嘘をついたことの謝罪ばかりしている。
「あのさ、ちゃんとわかってるよ。マホは、俺と僧侶と戦士を会わせないほうがいいって考えたんだって」
察しの良い勇者はそう慰める。彼だって自分のゲスさはよくわかっている。魔法使いは魔法使いなりに考えて、自分から二人を遠ざけていたのだろう。実際に勇者は彼女達のスキルを頼ろうとしたのだから、魔法使いを責められない。
「でも、二人のおかげでゆうくんが変わったもん。生き生きして、前向きになった」
「そうか?まぁスキルのために修行したり、炎上見なくしたりしてしんどいけど充実はしてるか」
「わたしがさっさと二人をゆうくん紹介していれば、もっとゆうくんは早くに変わってた。わたしはなにもできなかったの」
慰めたはずなのに魔法使いはまた泣き出してしまった。彼女は後悔をしている。自分が勇者を一人占めしたせいで彼は変わることがなかった。むしろ浮気調査を手伝うことにより悪い方へと進んだ気もする。
これでは魔法使いも自己嫌悪してしまう。もっとはやくに二人を紹介していれば、彼はもとの誠実な勇者に戻ったのかもしれない。
「……それにしても、映画のDVDが多いな。好きなのか?」
自己嫌悪から泣いている女の子をうまく慰める方法は知らない。そう判断した勇者は、彼女の部屋の棚から彼女の趣味についての話をすることにした。予想外の質問に泣いていた魔法使いの涙は止まり、頷く。
「うん。好きなの。映画って、前世に似てるから」
「前世?ファンタジー世界とかそういう?」
「あ、ちがうちがう。前世の感覚が映画に似てるの。前世の嫌な記憶があっても、今の私からしてみれば映画みたいなものだから」
それは好きというよりは魔法使いなりの辛い記憶回避の技かもしれない。
魔法使いは勇者暗殺の濡れ衣を着せられて、極悪な魔女として火炙りにされた。前世の記憶を持つ中では彼女が一番辛かったに違いない。しかし魔法使いは立ち直っているように勇者には見える。その秘訣がたくさんの映画なのだろう。
前世を思い出すというのは確かに映画を見るような感覚に近い。自分のような、しかし自分ではない存在に感情移入をする。ならばたくさんの映画を見れば辛い映画の記憶は薄まる。前世など数多の映画のうちの一つと思えてしまう。
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