魔法使いのターン②


 「いろいろあって、修行として炎上は一日一回までにしてるんだ……」

 「一日一回?修行?」

 「僧侶が言うには、自分が誇れるようにする事が修行で、スキル習得には必要らしい。戦士も炎上見てほしくないみたいだから。だから決めた。炎上見るの減らすって」

 

 魔法使いは信じられないようなものを見る目で勇者を見た。勇者のゲスさが改善されている。それも僧侶や戦士が関わった形でだ。

 もちろん根っこにあるのは探偵の仕事に便利なスキルを覚えたいという願いと、前世の仲間達への信用や敬意だ。

 勇者のあまり健全でない趣味を変えようとしている。それは難しい事であるはずだった。それをあっさりやって見せた僧侶と戦士はすごい。そして魔法使いは彼女達と自分を比べる。自分は誰より早く勇者と再会できたのに、そばにいたというだけだ。何も変えることができなかった。

 

 「そっか……修行、うまく行くといいね」

 「ああ」

 

 真帆は勇者とオルトロスとともに部屋を移動する。すると広いリビングの中央で魔法使いとよく似た顔が勇者を迎えた。

 

 「いらっしゃい。娘がいつもお世話になっています。真帆の母です」

 「は、はじめまして。遊佐悠です。こちらこそ、いつも真帆さんには助けてもらっています」

 

 少し緊張した様子で勇者は自分の本名を口にした。好感度モードは見た目だけ、口調は飾らないものだった。あまりに魔法使いの母が魔法使いに似ているため驚いている。そして親近感を覚えてしまっているようだ。

 ただ、今日いるのは魔法使いの母だけで、父らしき男の姿はない。

 

 「あの、お父様は?」

 「ごめんなさい。夫は今日仕事が入ってしまったの。なんて、口実でしょうけどね。あの人、真帆が恋人を連れて来るんじゃないかって誤解して拗ねているのよ」

 「おかあさん!」

 

 普段ぼんやりとした魔法使いが鋭い声をだす。恥ずかしいのもあるが、恋愛めいた話は今の勇者に投げかけてはいけない。彼はそういった事を考えないように生きているのだ。現に勇者は無表情になった。しかしややあってから愛想笑いを浮かべる。

 

 「……お父様にもお会いしたかったです。きっと真帆さんによく似た、穏やかな方なのでしょうね」

 「そう、そうなの。私と真帆は見た目が似ているってよく言われるんだけどね、性格はお父さん似なのよこの子」

 

 その言葉で勇者は魔法使いがとても幸せな家庭で生まれた事を勇者は悟った。前世の仲間達は皆そうだ。裕福で問題のない家庭に生まれている。

 ほっとした勇者が柔らかなソファに座れば隣にオルトロスが寄り添って、温かい茶と菓子を出される。まずは今日の本題、アルバイトの許可をもらわなくてはならない。

  

 「ええと……まずはアルバイトのことなのですが、ご両親の教育方針として真帆さんはアルバイトして本当に良かったのでしょうか?」

 「こちらとしては真帆を雇ってくれるとありがたいです。社会勉強でアルバイトはさせたかったけど、今の世の中バイトでもひどい働かせ方をするところもあるし、クレーマーだってひどいでしょう?」

 

 勇者は無言で魔法使いの顔を見た。どうやら浮気調査でラブホ街に出入りしている事は親には言っていないらしい。しかし実際細かな書類整理や雑用などもあるので嘘ではない。それに勇者はこうして従業員に気を配っているし、クレーマーもそういないから妙な心配はない。

 

 「あ、でも真帆の高校はアルバイトは禁止だったかしら」

 「えっ」

 「でも別にいいわよね。そう人に会わない職場でしょうし。なにか問題があったら家業のお手伝いと言うことにしましょう」

 

 確かに調査会社にやってくるのは誰かを疑っている人ばかり。魔法使いのような高校生の知り合いは来ることがないだろう。それにバイト禁止の学校でも家業の手伝いは可である。

 しかしこんな娘の事を思う親だというのに、調査会社で働かせる事に対して積極的なのは不思議だ。仕事が事務所内でのものだと思っているとしても、調査会社だなんてうさんくさいと思いそうなものなのに。

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