魔法使いのターン

魔法使いのターン①


 ゴールデンウィーク。とある閑静な住宅街にある洋風の一軒家。その広い玄関で、よそ行きの格好をした魔法使いはぺたんと座って待っていた。膝にはトイプードル。待ち人はまだ来ない。

 リビングでは母がせわしなくもてなしの準備をしている。それも数少ない娘の知り合いを迎えるためだ。

 

 「ねえ、真帆。悠さんってケーキでよかったかしら。和菓子の方がいい?だったら今すぐ買いに行くけれど」

 「お母さん、準備はもういいよ。ゆうくんはなんでもよく食べるから。それより家にいて」

 

 落ち着きのない母親を、真帆こと魔法使いはなだめた。

 今日、悠こと勇者が魔法使いの家にやってくる。アルバイト先の雇用主として、魔法使いの両親の元へ挨拶しに来るのだった。それは未成年である魔法使いをバイトに雇うことに不満を持たれているのではないかという勇者の不安からだった。

 実際、魔法使いに与えている仕事は不倫カップルの尾行をして、そのカップルを手っ取り早くラブホテルに向かわせるためちょうどよくゲリラ豪雨を振らせてもらうというものだ。とても説明できたものではない。

 しかし親からしてみれば未成年の娘が青年男性と共にホテル街を出入りしているとしたらその青年男性を不審に思うはずだ。

 なのでこうしてきちんと挨拶しにやってきて、調査会社の助手という仕事についてぼやかしつつ説明し、きっちりとした印象を与えることにする。

 

 インターホンが鳴って、魔法使いは誰かを確認するまでもなく玄関扉を開けた。

 

 「ゆうくん!」

 「わっ、びっくりした……」

 

 やってきたのは魔法使いの予想通り勇者だった。一番いいスーツにさっぱりした髪型。やはり聞き込み調査用の好感度モードでやってきたのだろう。とりあえず今いる魔法使いには効果がばつぐんだ。

 

 「ゆ、ゆうくん、髪、切ったの?いつも伸ばしてたのに」

 「ああ、戦士の美容室で切ってもらった。あんまり短くしないでって言ったんだけどな」

 「に、似合ってるよ!」

 

 『せんちゃんありがとう!』と魔法使いは戦士の美容室のある方角に感謝の念を飛ばした。確かに勇者は短い前髪から目元がはっきり見えるようになったため、探偵としてはよろしくない髪型だろう。しかし男性としてはより魅力的になった。

 

 「それよかマホ、お前は誰彼構わずドアを開けるな。客がやばいやつだったらどうする」

 「あ……ごめんなさい。絶対ゆうくんだって思ってたから」

 「お前ならそういう勘も当てになるんだろうけど、確認くらいしろ」

 

 パーティーの中、一番付き合いが長いだけあって、勇者と魔法使いは兄妹のような雰囲気がある。なので兄は口うるさく妹に心配からの注意をするのだった。

 しかし魔法使いが抱いていた小型犬を見て、勇者は頬を緩ませる

 

 「それが例のオルトロス?」

 「うん、オルちゃん」

 

 可愛らしい見た目なのにとんでもない名前をつけるなぁと勇者は思うが言わなかった。多分名付けたのは魔法使いで、彼女は犬といえばそれしか知らなかったのだろう。

 名前はともかく見た目は可愛い。もこもこの毛並みはぬいぐるみのようだ。勇者が頭をなでてやるとオルトロスはきゅうんと鳴いた。

 

 「かわいい……」

 「ゆうくん、犬好きだよね」

 「ああ、動物は裏切らないからな」

 

 勇者のその返答には深い闇を感じた魔法使いだった。そうしているうちに彼の携帯が鳴る。勇者もオルトロスもその音に反応したが、勇者は携帯電話を出す素振りもせずオルトロスを撫でる。

 

 「携帯、いいの?」

 「いい。どうせニュースサイトの通知だ」

 「でもゆうくん、気になる炎上事件はチェックしていて、すぐ通知が来るようにしているっていったのに」

 「……今、炎上はあんまり見ないようにしているから」

 

 まるで中毒症状と戦うかのように、勇者はオルトロスをなで続けた。そうでもしなければ通知された炎上記事を見てしまうのだろう。そんな勇者の変わりぶりに魔法使いは驚いた。仕事以外で彼が何より関心を持っているのは炎上など悪人の不幸ではなかったのか。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る