戦士のターン⑤


 炎上はそれが悪いと責めたい人が集まるものだ。中には善悪なんて関係なく、皆がやってるから、説教したいからという者もいるだろう。

 

 「でもネット炎上ってさ、なにかと陰湿だとか言われがちだけど、俺はそうは思わないよ。多分リアルじゃ言えない事だからこんなにネットで意見が出てくるんだと思う」

 「確かにな。いじめっ子にいじめやめろなんて直接言ったら攻撃されるだけだろうし」

 「……だから俺は炎上を見ているのが好きなんだ。そこには正義がある。加害される心配もなく、正しいと思う事を言える人達を見ていたいんだ」

 

 戦士は握力が強いはずなのにハサミを床に落としそうになった。勇者にはトラウマがある。魔王討伐という正しい行いをしたのに、その事をきっかけに自分や仲間達を傷つけられた事だ。

 なので正義を求める。自分より不幸な人を見たいのではなく、正しい事を正しいという人が見たいのだ。これはもうどうしようもないと気づいてしまう。

 さらに勇者は付け加える。

 

 「俺もさ。小学生の時、いじめを止めた事があったよ。当然それからターゲットは俺に移った。まぁ、小学生なんてスライムに比べたら止まって見えるから、回避や防御してしのいだけど」

 「……まあ、そうだよな。小学生の戦闘力なんて勇者にはスライム以下だよな。でも、助けたその子は喜んだんじゃないか?」

 

 勇者の事だからクラスのいじめは発見次第止めただろう。そしてターゲットが移ってもなんとかなって、いじめられっこは助かったはずだ。しかし勇者は首を振った。

 

 「その子には恨まれたよ」

 「なんで!?」

 「その子は俺の見ていない所で前より酷く殴られるようになったんだって。いじめっ子達は俺を狙っても倒せないし、俺のいる所じゃ止められるのがわかってるから。だから俺が絶対入り込めないところでひどく暴力をふるった」

 「だからって勇者を恨むなんて、そんなのおかしいだろ……」

 「その子の視点から見れば、俺が介入したからえげつなくいじめられるようになったんだ。いじめっ子だって俺をいじめそこねたせいでイライラしてその子によりきつく当たっただろうし」

 

 これは前世並みの胸糞悪い展開だと戦士は思う。結局のところ、どこの世界も同じなのだろう。正しい人間は報われない。誰よりも正しい勇者であるのに。

 

 「……わかった、勇者はいくらでも炎上を見てていい。って、あたしが決める事じゃないけどさ」

 

 戦士は逆に考える。勇者にはたとえ炎上でも正義が必要だ。だからもう何も言うまい。その代わり、勇者には考えて欲しい事がある。

 

 「あたしはずっと、勇者が正しいと思ってるよ。前世で兄貴達じゃなくあたしを連れてった事も、僧侶を誘拐紛いに連れてった事も、魔王を倒したことも、いじめられっ子を助けた事も。あんたが正しいんだ!何度だって言ってやる!だから炎上を見たくなったら言って欲しい、あたしが肯定するから!」

 

 普段ならありえない美容室内での大声を出す戦士。それに勇者は面食らっていた。こかまで強く言われたことがなかったからだ。

 きっと勇者には肯定する人が足りない。だったら一人でも大きな声で、彼が正しいと言ってやるべきだった。何もせずに炎上を見るなと強制できない。

 

 「いじめられっ子だってさ、もう大人なんだから本当の事はわかってるよ。勇者はあの状況をおかしいと思って助けてくれた恩人だって」

 「そうかな……」

 「うん、絶対そうだよ。恨むべきはいじめっ子なんだから」

 

 カットはもう中断してしまっている。しかし二人には考えるべきことがあった。

 戦士は勇者を肯定する言葉を言わなかった事を後悔した。言わなくてもわかるだなんて、そんな事はなかった。

 勇者は憎むべきことを間違えていた。正しくない世を憎んでもどうしようもない。それなら少しでも正しい行いをした方が、世の中を変えられる。

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