戦士のターン③

 

 戦士は納得した。資産家の両親が友人知人に宣伝をして、その友人知人も当然資産家で依頼人としてやってくる。報酬は普通の探偵よりはもらえるはずだ。そして口コミで広がっていき、仕事は途切れる事はない。確かに探偵として恵まれた環境だ。

 

 「おまけに俺、中高で寮に入って田舎の方の学校に行ってたから。両親の知り合いに顔割れてなくて便利なんだよな」

 「へえ、寮生活してたんだ。……道理で見つからないわけだ」

 

 意外な事実が次々と判明する。

 わかっていたが勇者の家庭は裕福。それは女神のははからいだろう。せっかく幸せを与えるために転生されたのに、貧しく不幸な家庭に生まれては意味がない。僧侶も魔法使いもお金に困ったことはなく、家族仲もいいらしい。勿論戦士もだ。戦士はこの時代に四人兄弟。贅沢はしなかったが幸せに育つことができた。

 しかし勇者はそんな家庭を出て、寮生活をして学校に行ったという。そしてそんないい家の出身なのに探偵なんていう収入の安定しない職業を応援されているという。その部分は謎だが、踏み込んでいいのか躊躇してしまう。

 

 「そういや戦士と僧侶は?」

 「え?」

 「二人、随分前から再会できてたんだろ。どうやって出会ったんだ?」

 

 出会い。それを聞かれて戦士はハサミを動かす手を止める。確か、戦士と僧侶が魔法使いと再会できたのは最近ということになっている。魔法使いが勇者に戦士と僧侶の存在を隠していたためだ。だから魔法使いのことは隠して伝えなくてはならない。

 

 「高校生の時、あるラノベ作家のサイン会で会ったんだよ」

 「サイン会?それは……意外だな」

 「だろ?あたしは本なんてガラじゃねーし、僧侶はお固いからラノベなんて読みそうにねーだろ。でもさ勇者、異世界転生とかの異世界ものって知ってる?ラノベのジャンルの一つで今流行ってんだけど」

 「いせかいてんせい……察するに異世界の人間に生まれ変わる事か」

 「そ。自分たちと境遇が似てるから、だからあたしも僧侶も同じ異世界ものの本を手にとって、同じサイン会に行ったんだ」

 

 カットを再開しながら戦士は思い出を語る。それは偶然だが引き合うものがあったからだ。

 もともと今の知り合いは前世での知り合いだったという説もある程だ。自分達の境遇と似た本があったから、それを通して二人は知り会えた。

 

 「ていうかその作家さんのファンって男ばっかでさ。ふつーに僧侶は目立っていたし、あたしも目立ってたと思うわ」

 「サイン会って、わりと女の人とかいないか?ほら、あんま男はサインとか興味ないっていうか」

 「いや、それがその作家が顔出ししてたんだ。千年に一度の美少女過ぎるラノベ作家とかで。だから男ファン多かったんだよ」

 「美少女って、若いの?」

 「その時中学生位かな。出版社は若くて可愛い作家としてタレントみたいに売り出したかったんだろうな。内容はあたしらには響いたけど、普通の女からしてみればつまんないらしくてさ。だから作家の見た目で好きになった男ファンのが多いわけ」

 「そりゃあほいほい男が集まるだろうな……」

 

 作家の話題性推しであまり面白くはない小説。しかし戦士と僧侶が懐かしさを覚えた内容だ。決して悪いわけではないが、そんな印象が一度ついてしまえば男女ファン人数に格差が生まれただろう。

 ちなみに魔法使いもこの本を読んでいたらしいが、今は言わないほうがいい。

 

 「そうだ、家にまだその本有ったと思うけどさ、勇者も読んでみる?」

 「……いや、いい。前世の事はあまり思い出したくない」

 

 その言葉に衝撃を受けた戦士は、しばらく言葉が出なかった。彼女達は確かに前世で良い思いをしなかった。しかし楽しい思い出もあったので、似た世界の創作を懐かしむ事ができる。しかし勇者は違う。思い出したくもないほどに傷付いている。

 

 「ええと……それってあたしとの出会いとかもあんまり話したくないかんじ?」

 「あ、いや……そこまでじゃないよ。こないだ前世での僧侶と出会った時の話をした時はめちゃくちゃ笑えたし」

 「ああ、あれ。宿で魔法使いと待ってたらさ、勇者が拳を血塗れにしていかにも箱入りそうなお嬢さん連れて帰って来たんだもんな。そんで誘拐犯みたいに逃げたっけ。あれは笑うわ」

 

 ぎこちない流れから戦士は笑い話に繋げる。

 

 

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