戦士のターン②
勇者は戦士のよく知る爽やかな笑みを見せた。これだ、と戦士はついついニヤけてしまう。シンプルな服が似合う程よく鍛えられた体に、穏やかな眼差し。見た目も好きだと思えてしまう。
「おはよう。今日は任せてくれよな。とびきりのイケメンに仕上げてやるからさっ」
「いや、尾行に困るからあんまり目立つのはちょっと」
戦士のやる気と恋心は砕かれた。勇者の性格がこうだから恋愛と考えるには躊躇してしまう。
勇者は死んだ魚の目をしている容姿が整っているし、それを自分でもわかっていて聞き込みなどに利用しているらしい。だから今や尾行中には伸びた髪で顔を隠したり帽子をかぶっているという。
美容院が苦手というのもあって、あまり髪を切りたがらないようだ。
「……さっきのマッチョな人、戦士のお兄さん?」
「そう。一番兄の一郎。美容師なんだ」
「どこかであった気がする」
「そりゃそうだ。前世で会っているんだから。前世の兄貴達は、今もあたしの兄貴やってるよ」
勇者がやはり気付いた事に、戦士はにかっと笑った。僧侶や女神が言うには、勇者に前世での協力者を会わせる事は彼の精神回復に効くかもしれないらしい。というのも勇者はひどい人間不信だが、共に戦った仲間は信じられるからだ。
一郎との再会はたとえ短い間でも勇者に良い傾向を与えるだろう。
「とは言っても、兄貴達に前世の記憶はないんだよね。わかるのは前世の記憶があるあたしらだけだからさ」
「そうか……戦士のお兄さんにはお世話になったからな。話をしてみたかったけど」
「前世の話抜きなら大歓迎だと思う。……ていうか後で根掘り葉掘り聞かれて紹介されるよう言われるだろうし」
戦士の後半の呟きは勇者の耳には届いていないだろう。兄たちは妹に男の気配がないことを嘆いている。そんな妹がカットモデルとして実家に男を連れて来たのだ。もう一郎あたりが下の兄達に連絡を回しているかもしれない。
「まぁ、とりあえず席にどうぞ。上着預かります。携帯どうしますー?」
「あ、携帯画面見ていいのか?」
「手元置いときたがるお客さんもいるからな。まぁ、うちは街の美容室だからさ。雑誌かおしゃべりが多いよ」
「おお、戦士が美容師ってのはちょっと意外だったけど、サマになってるな」
そんな感想を言いつつ指定された場所に勇者は座り、テーブルに携帯を置く。戦士は背後からその肩にケープをかけた。
その際に、戦士の豊かな胸が勇者の肩に当たった。ぽよんと音がした気がした。
しかし戦士が鏡越しに確認した勇者の表情は無だった。話には聞いている。勇者は女には興味がない。正しくは興味があるが避けている。仲間だった戦士達には普通に接してはくれているが、こういった接触があると無になるらしい。おそらく何も考えないようにしているのだろう。
「髪、どうする?」
「……さっきも言ったけど、目立たないようにしてほしい。カットモデルなのに注文つけて悪いけど」
「いいよ。カットモデルっていったって練習とかじゃなくて顧客確保なこともあるし。その代わりまた来てくれよな」
「そうだな、戦士なら任せられる。次は料金も払うよ」
胸が当たった事には触れない。それが良かったのか勇者は前向きにこの美容室に通う事を考えている。
大丈夫だ。ゆっくりやっていけば勇者は元の清廉潔白な人に戻ってくれる。しかしゲスという病が完治するのはいつになるのか。完治からの恋愛結婚出産と考えると戦士も年齢的にきつい。と僧侶が考えそうな不安を戦士も考えてしまう。
「戦士はさ、仕事順調?」
「うーん、まあまあ、だと思う。なんとか技術はあるし、家族経営だから恵まれてるし。あ、でも意外にカラーとか頭使う事多くて苦手なんだよね。立ち仕事で体力勝負なところは向いてると思うんだけどさ」
カットの準備をしながら戦士は答えた。そして気付く。ここから勇者に探偵の仕事について尋ねられると。
「ゆ、勇者はどう?探偵の仕事。浮気調査ばかりでもないんだろ?」
「うん。まぁな。俺も、環境から恵まれてると思うし」
カット開始。しかし戦士は手先よりも勇者の言った事が気になった。探偵にとって恵まれた環境。なんだろうそれは。じっちゃんが名探偵だとか、そういうことではないはずだ。
「うちさ、結構資産家みたいなんだ。それでコネとかあって、両親の知り合いから依頼が来るから。それも資産家の」
「ああ……」
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