戦士のターン

戦士のターン①


 サロン、『match』。そこは家族経営の町内の老若男女に愛される美容室だ。

 ゴールデンウィーク前の休業日であるが、戦士は落ち着きなく店内のモップをかけていた。 

 

 「おい、千鶴」

 「は、はいっ?」

 

 つい、兄相手だというのに気取った返事をしてしまった。それも千鶴という彼女の名がいまいちピンとこないのと、これから勇者がここに来るためだ。

 戦士の現世での名は町田千鶴という。しかし前世を知る仲間内では戦士と呼ばれている。我ながら大和撫子のような名前だと思うので、戦士と呼ばれる方が彼女にはピンときていた。そして前世では一族で戦いを生業にしていた彼女も、現世では家族と共に美容室を営んでいる。

 

 「今日はカットモデルが来るんだってな」

 「あ、あぁ、うん……」

 

 最近になって勇者と再会した戦士は、実家の美容院の定休日に勇者を誘った。カットモデルとしてただで切りに来ないかと声をかけたのだ。

 死んだ目をしている勇者は、意外にもその誘いに乗り気だった。髪は切りたいが美容師さんに話しかけられたくはない。『今日はお休みですかー?』や『お仕事何してるんですかー?』に探偵しているなんて答えにくい。それに万が一女性の美容師に好かれては困る。

 その点前世の仲間である戦士が美容師ならそんな心配はいらない。なにより仕事の協力が得られるかもしれない。だから勇者はあっさりとカットモデルを引き受けた。

 その事に戦士は浮かれた。髪は巻いたし化粧も気合が入ったしオフショルトップスに細身のジーンズという勝負服を着た。願っていた二人きりの時間だからこれぐらいしなくてはならない。

 

 「そのカットモデルというのは涼子ちゃんか?」

 「僧侶……じゃなくて、涼子がカットモデルじゃないよ」

 「なんだ、涼子ちゃんなら二郎や三郎が喜ぶから引き止めてもらおうと思ったのに」

 

 兄、一郎は未だ独身の弟二人を心配するように言った。

 涼子とは僧侶の現世での名前だ。麻生涼子。繊細な美しさを持つ彼女は、戦士の兄二人、二郎と三郎をも魅了している。だから僧侶が来るなら兄二人も呼んでやれということなのだろう。しかし残念ながら今日のカットモデルは僧侶じゃないし、僧侶は勇者の事しか見ていない。

 戦士は呆れつつ呟いた。

 

 「つーか、男ってほんと看護師さん好きだな。兄貴たちにはあたしの友達に夢見すぎて迷惑かけないでほしいんだけど」

 「いや、涼子ちゃんは知的で優しいから看護師でなくてもモテただろう。俺も嫁がいなかったらどうなっていた事か」

 「一郎兄は義姉さんしか見えてないくせに、よく言うよ」

 

 坊主頭にキャップを被った兄は既婚者だ。筋骨隆々でとても繊細そうには見えない。しかし美容師としての技術は優れているし、妻と娘を大切にしている。

 

 「それじゃ、行ってくる」

 「ああ、子供はあっという間に消えるんだからな。休みくらい義姉さんを休ませてやんなよ」

 「ああ、気を付ける」

 

 そうして一郎は公園に向かう。その公園には先に妻子が向かっているらしい。よちよち歩きでどこまでも行ってしまいそうな娘を持つので、彼は少しでも育児に協力したいはずだ。その背中はまるで前世の護衛任務に向かうような迫力を持っていた。

 しかしその兄を見送ってから、ガラス扉の向こうに戦士は待ち人の姿を見た。

 

 「勇者!?」

 

 店の外では、勇者が地図片手にこの店へ向かっている。そして兄と目を合わせた。

 どうしたものかと戦士は慌てた。一郎に勇者の事は何も言っていない。一郎から見れば女友達が多く男の気配のない妹なので、男のカットモデルが来るとは思ってもいないはずだ。そして勇者も、このいかつい男が戦士の兄だなんて思いもしないはずだろう。

 そんな戦士の心配をよそに、二人は視線を合わせた。そしてぺこりと無言で礼。そして一郎は公園へ、勇者は美容室へと到着した。

 扉につけた鈴がからんからんと鳴った。

 

 「おはよう。今日はよろしく」

 

 

 

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