僧侶のターン⑤
その説得を聞いて僧侶は自分の言葉を恥じた。自分は村田をどう怯えさせてやめさせるかしか考えていなかった。看護師の言うことはなめきって聞かない患者は多い。そんなときに効くのは病院が見放し家族に事情を伝えると脅すことだ。
しかし勇者の説得は患者の気持ちも治癒後の事も考えられた。僧侶は医療に関わるものとして、敗北したように感じた。それと同時に思う。やはり彼は素晴らしい心を持つ勇者だ。
「でも、俺的には万引きしてそれを武勇伝にする奴は一度誰かに人生台無しにされろとはおもってるけどねー」
「……」
「ストレスだかなんだかしらないけど万引き一つでも店が潰れる訳だし。店側からしてみればやってられないよ。そいつも万引きで進学や就職や結婚が潰れちゃえばいいのに」
「……」
「病院近くのコンビニだって困るよ。店員なんてあの病院の患者は万引き犯ばっかとか思うだろうし、それって何もしてない患者さんに迷惑じゃない?」
いい話が台無しになった。勇者の言ってる事は個人の考えとして間違ってはいないのだが、今言う事ではない。これも勇者の炎上を好む性格から言わずにはいられなかったのだろう。僧侶も村田もそっと瞳を伏せた。
「……そういうことですので、今後はこのような事はないようにしてください」
「はい。ご迷惑をおかけしました……」
この話はこれで終わる。僧侶がまとめ、村田はとぼとぼと病院にむかった。僧侶としては再犯せずに病院に通ってくれればそれでいい。そしてさらに隣でしょんぼりとした勇者に、改めて深々と頭を下げ礼を言った。
「勇者さん、ありがとうございます」
「なんで僧侶がお礼言うの。おじさんの反応から察するに、俺、ろくなこといえなかったでしょ」
「途中までは素晴らしかったです。後半は……万引きはいけないという気持ちが強すぎていたようですが」
「うん。普段なら万引きなんて窃盗として責めるだけだけど、今回はおじさんに同情しちゃってさ。辛いのだけは他人にはわかんないよね」
国に裏切られ転生した勇者にしかわからない辛さが彼にはある。前世の事だから現世では誰にも言えなかっただろう。そして誰にも理解してもらえない。だから病気で辛いという患者の気持ちだけは理解し、味方として説得したようだ。
「私、村田さんの病気が治った時の事なんて考えてもいませんでした。もう二度と万引きさせないようにしか考えられなかった」
「僧侶が教えてくれたんだよ」
「え?」
「僧侶が自分が誇れるようにすることが修行だって言ってたから、だからそんな言葉が出たんだと思う。おじさんも自分に誇れるよう病気を治せるといいよね」
勇者は預かっていたコーヒーを僧侶に返す。その中身はほとんどないようなものだ。
確かに僧侶は言った。自分に自信や誇りを持てるような事をするのが修行だと。祈ることも、早寝早起きもいつか自分の誇りに繋がる。しかし悔いや汚点を持たない事が一番の修行だ。
自分の言葉が勇者を動かしたと知り、僧侶の胸は熱くなった。相変わらずゲスいところはある。しかし少しは変わっていってくれているし、変わっていないところもある。元の勇者のような、素晴らしい人物に戻れる日は案外近いかもしれない。
「あれ、コーヒーもうないな。冷めちゃっただろうし、新しいの買おうか?」
「い、いえっ、このままで。もうすぐ仕事ですし」
「そっか。ほんと仕事熱心だな。がんばって」
コーヒーを受け取るさい、またも二人の手は触れる。その時の勇者は少しだけびくりとした顔を見せた。だがすぐ無に戻る。
結果を見れば変わらないようだが、今回のことで少しは改善したのかもしれない。
END
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