僧侶のターン④


 「あのおじさん、万引きするよ」

 「え?」

 「視線の方向と足取りでわかるんだ。前に万引きGメンみたいな仕事もしてたから」

 

 店の外からガラス越しに店内の村田を二人して眺める。言われてみれば挙動不審なように僧侶は見えた。そして村田は入り口付近だが、レジから見えない位置の棚から、商品である電池を手に取る。そしてズボンのポケットの中へと突っ込んだ。

 

 「……これ、お願いします」

 

 コーヒーを勇者に預け、僧侶はコンビニに向かった。止めに行くのだろう。

 勇者はその動向を見守ることにした。いざとなれば自分が出ていけばいい。彼はゲスだが、善意から注意した人間に何か不利益があったらと思うとやりきれないのだ。

 

 コンビニで僧侶は村田の背後についた。そして村田にだけ聞こえるような小さな声で呼びかける。

 

 「村田さん。ポケットの中の物を戻して下さい。そうしたら大事にはしません」

 「か、看護師さん?」

 

 震えた声で村田は振り返り、僧侶の存在と彼女に見られていた事に驚いた

。しかし動揺しているのかろくに判断もできないようだ。

 

 「とにかく戻して。そのまま店を出るとしたら、私は見逃せません」

 

 例え勤めている病院の患者であっても、万引きは見逃せない。そもそも彼女のいる病院はサービスの行き届いた病院だ。患者や職員に危害を加えるような悪質な患者は追い出す。最寄りのコンビニでの万引きだって、いつかは病院全てに迷惑がかかる事になる。

 

 村田はその言葉が効いたのだろう。震えた手でポケットから品を出して棚へと戻した。

 

 「そのまま外へ出て下さい」

 

 そして僧侶の言いなりに村田は暗い顔をしてコンビニ駐車場前に移動した。

 万引きについては未遂なので見逃す。しかし看護師として、注意だけはしなくてはならない。

 僧侶は嫌な気分になったが勇者が見ている事に気付いて気合を入れ直す。修行の話をしたばかりだ。自分に誇りを持って指導しなければならない。

 

 「村田さん、どうしてあんな事をしたんです。電池なんて、診察に必要ないでしょう?」

 「ストレスが、溜まっていて……」

 

 『そんな事で万引きを?』と言いかけて僧侶はその言葉を飲み込んだ。長い入院と重い体をひきずっての通院。それだけでなく食事や行動の制限も辛いものだろう。僧侶もそのあたりの事はわかっている。家族や職員にあたる患者もよくいる。

 しかしだからといって窃盗をしていいわけがない。

 

 「辛くて大変なのは皆さん同じですよ。なのにこんな事をして。次にやったらご家族にお伝えして病院から出ていってもらいます」

 

 僧侶の厳しい言葉に村田はすっかり萎縮した。病院を追い出されるのは勿論困るが、家族に伝えられる事も困る。

 しかしそんな彼の元、勇者が駆け寄った。

 

 「辛いのは皆同じって言うけどさ、おじさんの辛さはおじさんにしかわかんないだろ」

 

 突然現れた若者に味方され、村田は戸惑う。追い詰められた気持ちより困惑の方が大きかった。

 

 「皆それぞれ耐久力も防御力も違うし、痛覚や考え方も違う。なのに皆耐えてるからお前も耐えろなんて、皆が辛くなるだけだよ。だからって窃盗はだめだけどさ」

 「はぁ……」

 「逆にさ、おじさんががんばったのはおじさんにしかわからないと思うんだよね。病気を治してそういう頑張った事を思い出したらすごく良くない?」

 

 勇者が非常にゆるい様子で説得をしている、ように僧侶には見えた。

 勇者の性格を考えると窃盗犯なんて許しそうにないが、もしかしたらどうしようもないことで辛い気持ちを持つ者として感情移入しているのかもしれない。

 この説得が萎縮していた村田に効いているらしく、彼は頷いた。それに勇者はにかっと微笑む。

 

 「治った時、病気で辛いからって人に迷惑かけました、なんて記憶があるとすっきりしないよ。だからストレス解消なら別の堂々とした方法探して、胸はって治そう?」

 

 

 

 

 

 

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