僧侶のターン③
端整なその顔立ち。感情は読めない。ただ、過去の出来事を何かを思い出している事は確かだった。
こういう時はあまり語りかけるべきではない。どうせ聞こえていないし、今の彼が反応するような事を言うと、何を言っても傷つけるだろう。勇者の人間不信は早くなんとかしたいところだが、焦ってはいけない。僧侶はゆっくりコーヒーを飲むことにした。
「……修行と言えば、私達の出会いを覚えていますか?」
「え?」
「前世での出会いです。確か、私は最後に加入したんですよね」
「あぁ……あのとき魔法使いと戦士はいたんだけど、回復する手段がなくてさ。魔法使いに薬草投げて貰ってしのいでた」
「……それでよく生き残れましたね」
「はは、確かに無茶したな、うん。だから大きな教会のある街でヒーラーを探してたんだ。それで僧侶に出会えたよな」
無となった勇者が徐々に明るさを取り戻す。辛かった前世とはいえ、魔王を倒すまでの事は悪い思い出ではない。苦労はしたが、今なら笑い話にもできる話だ。
「私、修行で思い出したんです。僧侶としての力を高めるためには嘘をついてはいけない。けど、私はあの時の貴方の嘘に救われました。そういう事もあるんです。だから必ずしも宗教としての修行や人として正しい行為が修行になるわけではないのですよ」
なつかしむように僧侶は優しい口調で語った。今の勇者ならば尾行スキル習得のため断食やら滝行やらやりかねない。しかしそれが習得に絶対必要という事はない。だから彼なりに正しい事をしてほしい。
僧侶は前世で彼に救われた。僧侶の言う修行とは自分の言動に自信を持つ事だ。
「……そっか。ああいう事で良かったんだ」
「はい。でも内緒にしてくださいね。戦士さんや魔法使いさんには、絶対に」
「なんで?俺も恥ずかしいしわざわざ言う必要はないだろうけど」
「大切な思い出ですから」
思い出だけは自分一人のものにしたい、と少女のような笑みを見せる僧侶。
そして勇者は前世での過去を思い出す。
どんな怪我も病気も治す聖女として街や教会で大事にされていた僧侶。しかしその生活は段々と彼女の望むものではなくなった。治されるのは権力者達で、貧しい人達を救う事もできない。さらに権力者は不老不死など果てのないことを求める。そんな現状を彼女は憂いていて、教会の庭でよく泣いていた。そこに現れたのは回復役を求めてやってきた勇者だった。
話を聞いて、勇者はわざと拳を壁に打ち付けた。そして血まみれになった拳を僧侶に差し向ける。『魔王討伐のため君が必要だ。この傷は魔物と戦って負った傷。癒やしてほしい。そして女神に与えられた使命から、君は俺たちに同行しなくてはならない』と嘘をついた。
嘘だった。現に勇者がその時岩に拳を打ち付けた現場を僧侶は見ていた。回復役だって聖女と呼ばれる程の人間は求めていなかったし、女神の使命とかいうのもその場で作り出した嘘だ。
しかし僧侶は理解した。『この人は私を外へ連れだし役目を与えようとしている』と。
その後は教会から逃げるように勇者一行は去った。しばらくその街では悪評が流れたらしいが、勇者が街を救ったり強敵を倒していく度にその街の人々は手のひらを返した。『皆のための聖女だけど勇者の器の大きさを信じて勇者に預けた』なんてほら話も出回ったほどだ。
勇者は嘘をついたしひとさらいのような真似をした。しかし僧侶はそれに救われたし、周りもいつかは納得した。それが正しかったと僧侶は思う。
コーヒーがあと少しでなくなるという時、僧侶はコンビニに入ろうとするある客に気付いて視線を上げた。
「あのひと……」
「あのおじさんがどうかした?」
「村田さんという患者さんなんです。少し前まで入院していて、今は通院中で」
「どこか、重い病気なのか」
「はい」
探偵らしく察しの良い勇者に僧侶は感謝した。その病気は決して軽いものではない。なので僧侶は心配そうにその村田の足取りを見守る。しかし勇者は別の目的からその村田を見守っていた。
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