僧侶のターン

僧侶のターン①


 時間は有限である事に気付いた僧侶は、その優れた頭脳で策を巡らせていた。

 勇者の前世のトラウマをすぐになくす方法。そんなもの、簡単に見つかるわけがない。女神が真顔無言になったのだってどうすることもできないからだ。

 その女神は『供物を貰ったのに何もできないしとんでもない事に気付かせてしまったから』と女神の力を使ってくれた。とんでもない事ってなんだ。

 女神の力。それは加護といっていい。僧侶の運の良さを一日限定で上げるものだという。そんな事までしてくれるあたり自分は救いがないのではと僧侶は気付くが深く考えないようにした。

 しかし時間は夕方。しかもこれら夜勤だ。仕事場である病院に近付いて、気が滅入ってきた。いい事なんて何一つない。どれだけ勇者に一途に尽くしても、彼が回復する頃に自分は年をとっている。きっと勇者はその頃にはちょうどよく成長した魔法使いと恋仲になり、結婚し幸せな家庭を築くだろう。

 

 本格的に気が滅入りそうなので、気合をいれるために飲み物を買おうと僧侶はうつむきながら病院近くのコンビニに寄った。

 

 「お、僧侶だ」

 

 前世を知る仲間だけが呼ぶ名。それで呼ばれて僧侶は視線を上げる。そこには勇者がいた。長いのに清潔がある髪型にきれいめカジュアルな格好。素材はいいのに雑な格好をしていた彼にしては、今日はやけに垢抜けた雰囲気がある。まるで俳優のようだ。というか僧侶たちが焦がれていた勇者だ。

 なのでつい、僧侶は声を上げてしまう。

 

 「どうして勇者さんがラブホ以外にいるんです?!」

 

 コンビニ店員、コンビニ客がいるにも関わらず、そんな事を大きく言ってしまった。『ラブホ?』『勇者?』など周囲の者は突っ込みたい事だろう。

 勇者は乾いた笑いを見せる。

 

 「今日は身元調査。そこの病院で聞き込みしてたんだ。ていうか僧侶、その病院が勤務先だったんだな」

 「あ……身元調査でしたか」

 

 普段より手のかかった勇者の身なりはそのためだろう。不倫調査なら尾行が主となるため悪目立ちしない程度に雑な格好をする。しかし身元調査なら聞き込みが多いため好感度や信用を得やすそうな格好で向かった方がいい。僧侶には心なしか、勇者が普段より輝いて見えた。これだからどんなトラウマをもっていてもなんとかしてやりたいと思う。

 

 「僧侶は仕事終わったとこ?よかったら夕飯でも一緒にどう?」

 「残念ですが、これから仕事なんです」

 「じゃあここのコーヒーでも奢るよ。そのくらいの時間はある?」

 

 勇者からさり気なく誘われて、僧侶は女神の加護を思い出した。残り時間わずかな幸運。それが今僧侶の元へやってきている。

 

 「じ、時間なら大丈夫です」

 「そっか、なら良かった。僧侶には、スキルの相談したいしゆっくり話したいと思ってたんだよな」

 

 たとえそれがスキル目当てであったとしても幸運は幸運。今日も勇者がゲスいと思いながらも僧侶はその誘いを断ることはできなかった。

 いつも急患だとかいって彼の仕事を手伝うのを断ってばかりいるのだ。これくらいは交流したほうがいい。

 

 勇者が会計を済ませている間に僧侶は店外でさっとみだしなみを整える。自慢の髪はまっすぐでハネはないし、仕事用化粧もまだ崩れてはいない。難を言えばもっと華やかな化粧をしたかったが、突然だったので仕方ない。

 

 「おまたせ」

 

 会計を済ませた勇者は僧侶にコーヒーを差し出す。それを僧侶が受け取る時、手が触れてしまった。指先に動揺が走る僧侶だがコーヒーを落としてはいけない。しっかり受け取る。

 その時勇者の表情も確認したが、今日はきらめいていた勇者の瞳はまた死んだ魚の目をしていた。喜びや照れはない。そういうのを排除するための無になりきろうとしていた。

 今の勇者は人を信じず異性すら避けるという。前世の仲間にはある程度信用があるだけで、こういうときにふと人間不信が出るのだろう。せめて僧侶はそれを指摘しないことにした。

 

 「ありがとうございます」

 「あ、うん」

 

 コンビニの店先の邪魔にならない所へ移り、二人並んでコーヒーを飲む。魔王討伐していた時ならば戦士や魔法使いがいつも居た。二人きりというのは確かに僧侶にとっては幸運だった。

 

 「それでさ、僧侶のスキルなんだけど」

 

 この話題でさえなければ。

 

 

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