女神のターン④


 女神は頭を抱えた。前世の記憶があれば本来彼らにも訪れるはずだった平和な現世の生活を喜んでくれると思ったし、要領よく成長もできるはず。しかし前世でのトラウマからの人間不信までは考えていなかった。それもまさか色気にも屈しないほどとは。

 

 「今度魔法使いさんのご両親に雇用主としてご挨拶にも行くようです。未成年を連れ回す事を訴えられるのではないかと思っているようなので。ある意味慎重で好感の持てる対応なのですが、根底にあるのは性犯罪者扱いされたるのではないかという疑いです」

 「あかんやん!こんなん絶対一生独身やん!」

 

 ようやく女神は事の重大さに気付いた。しかし女神には前世の記憶を消すこともできない。これでは勇者の子供の顔も拝めない。

 しかし彼女は大きな瞳をさらに大きく見開いた。

 

 「……まだや、まだ打つ手はある!」

 「え?」

 「パーティーメンバーには普通に話してくれるんやろ。多分それはあんたらが魔王倒すための絆があるからや!」

 

 当たり前の事を女神は叫んだ。人間すべてを信用しない勇者にだって例外はある。それは魔王討伐のため共に戦った仲間だ。背を任せて戦った仲間の事だけは彼は信じている。だから僧侶達は勇者に避けられない。

 

 「そ、それはそうですが、私達は身内に近いというか。だから恋愛にもならないのではと」

 「恋愛は早すぎや。そもそも恋愛ってのは高度なもんやから、余裕のある状態やないとできへん。まずは勇者には周りに信じられる人間がいるということを理解してもらお。そしたら人間不信も和らいでまともになるんちゃう?」

 

 その提案は僧侶には基本過ぎて盲点だった。何かに深く傷付いたのなら、少しずつでも信用できる確かなものを頼るといい。そうして徐々に信用のできるものを増やしていく。

 幸いにも、勇者には前世の仲間がいる。仲間を信じて戦えた彼なら、回復の兆しはある。

 

 「この世界にはあの世界での前世の協力者とかもおるからな。前世の記憶までは持ってないけど、そいつらも勇者に会わして信用できる人間を増やしてく。そしたら回復して恋愛もできるようになって子沢山や」

 「協力者……鍛冶師の方とかもこの世界に?」

 「そや。勇者のいなくなった世界であの人らも苦労してたから、こっちに転生しとる。それもうちの計画ミスのせいやからな」

 

 当たり前だが、勇者一行による魔王討伐には協力者がいる。武器を用意した鍛冶師や、貴重なアイテムを譲ってくれた村長など。しかし勇者暗殺後は彼らも苦労した。勇者の仲間として危害を加えられたものもいるだろう。だから女神は彼らもこの世界へと転生させた。ただし記憶やスキルは彼らにはない。

 そんな彼らなら勇者も信用できるのでは。女神はそう考えた。

 

 「では、これから私達は前世での協力者を勇者さんに仲介すればよいのでしょうか?」

 「せやな。まぁ、相手は覚えとらんのも多いし、勇者に話だけでもしとくとええんちゃう?」

 

 それなら簡単な事だ。勇者も興味を持つだろう。ただし僧侶には気になることがある。

 

 「あの、その場合はどれくらいで勇者さんは恋愛ができるまで回復するのでしょうか。私としてはなんとか三十代までに回復して下さると助かるのですが」

 「……」

 「やはり恋愛するからには結婚したいし子供も産みたいじゃないですか。高齢出産はリスクがあるそうですし、その後の育児も衰えた体力では不安ですし」

 「……」

 「もし振られた場合に次の恋を探そうにも、その頃の私は何歳になっているのでしょう。いえ、私は振られるつもりはないですよ、それにすぐ次の相手を考えるほど節操がないわけではないのです。しかしやはりその後の人生の不安は尽きないわけですし。ねえ、女神様。どうして無言なんですか女神様」

 

 あれこれ言い訳しながら様々な可能性を考える僧侶。真顔で無言となる女神。

 女神の考える策は有効だろう。効果はなかなか出ないかもしれないが堅実な手段だ。しかしそれにかかる時間の変化までは考慮されてはいない。

 もし勇者の回復が何十年とかかるとして、そこから恋愛結婚出産と考えるのは僧侶には厳しい。下手をすれば『あれだけ一途に尽くしておきながら何も得られずただ老いただけ』なんて事にもなるかもしれない。

 

 そんな事を言葉にしてはいけない。女神思考を持つ女神もそれだけはわかっていて、公園の葉桜を見つめる。

 

 そうだ、人間とは桜のようなものだ。小さな傷であってもそこから病気になり、花が咲き散るまでの間しか見向きもされない。

 だから多くの人間は桜に惹かれるのだろう。そういい感じにまとめつつあった女神だが、そろそろ僧侶の圧が恐ろしくなって、なおさら桜の葉から視線が外せないのだった。

 

 

 

 END

 

 

 

 

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