女神のターン③


 「そういう訳ですから勇者さんの精神面のため早急になんとかしたいんです」

 「んー……そないなこと言われてもなぁ。うちのやれる事は限られとるし。ストレス言うても初期症状なんやろ?」

 「そ、それはそうですけれど……」

 「ていうか、勇者はもう悪人になったらええんちゃう?半端に善人やから辛いねんて」

 

 ふわふわのショートヘアを揺らし自信満々な様子で、女神思考ならではの解決法を女神は述べた。確かに勇者には善人という自覚があるからそれがストレスになっている。悪人と自覚すれば楽になれるだろう。ただし善悪の基準を変えるだなんて、なかなかできる事ではない。

 

 「うちも勇者は生き様を気に入って加護してたけど、今は関係ないやん。でもお気に入りやん。色々あったやん。せやから悪人でもええと思うけどなー」

 「で、でも、」

 「だいたいあんたらは勇者に期待しすぎやねん。そういう期待がプレッシャーになって負担になったんちゃう?」

 

 女神にずばり言われ、僧侶は何も言い返す事ができなかった。完璧な勇者を彼女達は尊敬し恋い焦がれていた。勇者はこうあるべき。長年そう思っていたが、彼はもう勇者ではない。正しくある必要なんてない。

 

 「うち的には勇者が幸せやったらそれでええし。具体的には可愛い嫁さんもろて子供作って子孫残してくれたらそれでええ。多少の悪事は気にせえへん」

 

 女神は勇者たちが憐れで転生させた。もはや彼は勇者ではない。多少悪人になったとしても、本人が幸せで、子孫を残してくれればそれでいい。

 この世界でだっていつかは勇者は死ぬ。そうなる前に子供を作ってさらにその子供が子供を作って、やがて一族を見守れるのなら女神はそれで満足だ。

 

 「いっそ勇者は三股ぐらいしたらええねん。そしたら適度に悪人になって不倫カップルや炎上なんかになんも思わんくなるし、僧侶らも幸せやろ」

 

 さらにぶっ飛んではいるが解決方法とも言える女神思考を女神は提案する。確かに三股したら元パーティーメンバーからの好意すべてに応える事ができる。不倫も炎上も自分のことになるためゲスい事で喜ばなくなる。

 逆転の発想からの名案だが、それはできない理由を僧侶は知っている。それは明るい女神も思わず深刻になるような理由だ。

 

 「実は、勇者さんはもう女の人に恋愛的な興味がないようなのでそれはできません」

 「……まじでか?」

 

 女神は低いトーンで聞き返した。

 勇者は恋愛感情を持つ事はできない。だからゲスい彼のゲスさにつけ込んで女子が近付く事はできない。つまり悪人でも子孫を残してくれればいいという女神の要望は叶えられない。

 

 「それって生殖機能の問題?それか性的思考の問題?」

 「女神様。女神様は一応女子小学生の見た目なので、そういう発言は控えてください」

 

 女神は人間を一種の生物として考えるが、一応ここは夕方の公園。ランドセル背負った少女に勇者の下半身事情は語ってほしくない。

 しかし女神は孫が欲しい親のようなものだ。息子のような勇者が結婚しないし子供も作らないというのは一大事だった。

 

 「ええと、私もそこまで踏み込んでいるわけではないのですが、勇者さんは機能的に問題があるわけでもなく、同年代の女性が好きなようです」

 「せやったらなんでなん?なんで勇者は子供作ってくれへんの?うちはなにより勇者の子供の顔が見たいのに!」

 「ですから発言には気をつけて。単純な人間不信が原因かと思います。人間を信用していないので女性も信用していないのです。勇者さんにとって恋愛とはATM扱いされたり性犯罪者扱いをされるものと考えているようです」

 

 へなへなと女神は地べたへしゃがみこんだ。前世が原因の根深い人間不信。それは勿論異性にも向けられて、彼は恋愛を避けている。

 だから何もかもを警戒していて、自ら近付くこともない。僧侶達は例外として前世の仲間だからこそ普通に対応してくれた。前世の仲間でなければスルーしていたという。

 

 「多分、まったく知らない女性に逆ナンされたら彼は逃げます」

 「ドラゴンにも果敢に切り込みに行く勇者やのに」

 「電車でもなるべく女性の近くを避けているとのことです。まあ、積極的に女性の隣を選ぶような輩よりはましですが」

 「勇者が現世で痴漢扱いされた事があるからこうなったとかやないの?」

 「いえ、彼は小学生の頃から気をつけていたためそういったトラブルは一切なかったそうです。やはり前世の人間不信からかと」

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