女神のターン②
「悪いことではないんです。ただ、それらの行いは私の知る勇者さんではない。私達の知る勇者さんは、魔物の境遇すら感情移入をするような優しい人でしたから」
前世の世界で定期的に魔物に襲われる村があった。その魔物を勇者一行は倒したわけだが、なぜ魔物が村を襲うかといえば自然の中に食料がないためだった。人間が考え無しに森の木を切ったらしい。魔物だって守るべき存在がいて、そのために人間の村を襲っただけにすぎない。人間と同じだ。その事に後になって気付いた勇者は密かに涙した過去がある。
そんな勇者を知っていたからこそ、僧侶達は今の勇者に違和感を覚えている。前世の勇者ならば浮気した人間でさえも慮るはず。喜んだりはしないだろう。
「きっと、それは前世の記憶が原因なんです。なので女神様には勇者さんの前世の記憶を消していただきたくこうしてお呼びしたわけです」
「無理やな」
真剣な僧侶の願い。それにあっさりと駄菓子を食べ終えた女神は答えた。女神は色んなことができる。しかし人間ではないため細かな事はよくわかっていないしできない。人間が蟻の手術をするようなものだ。
前世で助けられた人間たちが勇者を裏切った時だって、彼女は予想もできず、助けることもできず、すべてが終わってからやっと転生という形で介入した。人間の事を世界を繁栄させる主な生物としてしか見ていないのだ。細かな変化を理解しない。
「記憶ってのは繊細やねん。全部の記憶消すんならできるけど、そしたら要介護勇者(二十五才)になるだけやで」
「言葉や運動まで忘れてしまうのですか……」
「そや。前世の記憶だけうまいこと消されへん。それに今の勇者かて前世の記憶が影響して今があるんや。万が一記憶消せるとしても矛盾で精神崩壊してまうと思うなー」
「……確かに勇者さんが探偵という職を選んだのは前世の記憶からでしょうね。私達が看護師や美容師を選んだように」
僧侶と戦士は前世から、『上の人間がダメだとどうしようもない』という事を学習した。だから上がダメなら見切りをつけて別の場所でもやっていけるような職業を選んだ。きっと勇者もそうだろう。なのに前世の記憶だけを
なくせば、『なんで俺探偵になったんだろう』となり錯乱しかねない。
だから女神による記憶削除は能力的にも勇者のその後的にも不可能。僧侶は深くため息をついた。
「……炎上を好む人間は、怒る理由をわざわざ探しています。それはストレスの初期症状のようなものです」
「そうなん?」
「ええ、私も精神的な事は専門外ですが。誰か悪人がいるとして、わざわざ関係のない事を自分から探しに行くなんて事は異常です。なので勇者さんにもそれが当てはまるのだと思います」
被害者や身近な人間ならば犯罪者の事を調べるかもしれない。しかしまったく関係のない人間がネット上から犯罪者の情報を追ったりするのは精神的疲労の症状の一つだ。勇者の心は疲れ切っているのではないか。そう僧侶は考えて警戒している。
「おそらく勇者さんは正義の基準が非常に高い。しかし実際は正義なんてまかり通らないものです。前世での私達や、どの世界であっても」
「耳の痛い話やわー」
誠実な人間だからこそ悪事を嫌う。しかし社会というのは強いものが勝つ。力、知識、権力、人数。国に暗殺された勇者はそれをよく知っていて、しかし心は半端に正しいまま悪事を嫌う。
世の中の悪事は対して罰せられない。だから炎上など、たとえネット上で些細な事でも悪人が罰せられる事を好むようになったのだろう。
「勇者さんはわかりやすい悪事を見つけて罰せられる様を見て、ストレスが発散しているかのように感じます。けど炎上するさまを眺めるには、着火する時から見続けなければ。そして着火は燃える事もあれば燃えない事もあります。これは予想ですが、結局ストレスはたまるだけかと」
「そういやうちも学校の宿泊訓練でキャンプファイヤーしたけど、先生らの手際わるうて火がなかなかつかんくてイライラしたわー」
小さな火から見ていて、その火が轟々と燃え上がる様子は楽しいのかもしれない。しかし小さな火のまま消えていくのを見ているのはストレスがたまることだろう。
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