前編③


 もし戦士が毒キノコに倒れず隣国にたどり着けていれば、隣国は『勇者の仇討ちだ』と戦争をしかける。誰もが勇者に同情し、もしくは場の空気を読み、その仇討ちに協力するだろう。そうして戦争が起こる。

 だから戦士が途中で力尽きることて戦争は回避できた。それはある意味では救いだ。

 

 「私はお二人みたいにひどい死に方をしてはいません。教会で幽閉されていました。私には戦闘力がないし、治癒の能力があるため生かされていたのでしょう」

 「つまり閉じ込められていたって事だよな。まぁ、よかったんじゃないか?痛い思いはしなかったんだから」

 「はい。私は皆さんよりもずっと長生きできました。とはいえ、幽閉生活で病んで三十までしか生きられませんでしたが」

 

 こんな事でも僧侶は静かに語って、戦士は言葉を失う。治癒の奇跡が使える存在として僧侶は命だけは保証されていたらしい。権力者が病気や怪我をした際に治療するためだけに置かれていたという。

 ろくな自由もなく、話相手もいない生活で僧侶は病んだ。そしてパーティ内では長生きだが短い一生を終えたという。彼女がパーティーメンバーの最期に詳しいのもそのためだ。

 

 「まあ、治癒を求めてやってきた権力者には治癒ついでに脳をいじって死なない痴呆にしておきました。こんな国なんて痴呆老人に滅ぼされればいいと思ったので」

 「僧侶ってそういうとこあるよな……」

 

 治癒を求めるのは権力者。ならばその権力者を使い物にならない、もしくは足手まといにする。そうすればその権力者の部下達は非常に苦労させられる、という僧侶なりの嫌がらせだ。この僧侶は清楚な見た目に反して腹黒いのだ。

 

 「幽閉中、魔法使いの末路も耳に届きました。彼女が一番ひどい、勇者を殺した魔女として火あぶりの刑となったのですから」

 

 戦士は顔色を青くした。魔法使いが一番ひどい死に方をした。英雄としてではなく、濡れ衣を着せられ。人外とされて残虐な刑を与えられたのだ。ただ逆らわれては困るからという理由で。

 

 「その死に方のせいで、魔法使いは転生が遅れたってのか……」

 「ええ」

 「きっと、魂がひどく傷がついたんだろうな……転生には魂が必要だって話だから」

 「あ、いえ、魔法使いさんは死後、火あぶりに関わった人間を一人一人呪い殺したそうなので。女神が転生をさせようとしても『まだ呪い殺し足りない』って断って時間がかかっていただけです」

 

 より恐ろしいと戦士はぞっとした。十年近くの転生ラグは歪んだ魔法使いを説得するまでの時間だったという。

 これを聞くと魔法使い一人だけ若くても許せる気がした。

 

 「まぁ、魔法使いが若いのも納得がいったし同情もできる。けど抜け駆けは別だ」

 「ですね。問い詰めるまではしなくても、勇者さんに会うのが先です。会わない事にはどうしようもない」

 「じゃあ会おうぜ。僧侶、勇者の居場所はわかるか?」

 「いいえ。ですが魔法使いさんの行動パターンは把握しています。それを尾行すれば勇者さんに会えるはずです。エンカウント低下のスキルをかければ確実でしょう」

 

 そもそもことの発端は僧侶がいかがわしい街で魔法使いを発見し声をかけようとした所で勇者らしき人を発見した事だ。今回もそのように尾行をすれば勇者に会えるだろう。

 スマホを操作し何かを打ち込む僧侶を、戦士は頼もしく思う。彼女は勤勉で思慮深く、前世のスキルもうまく使いこなしている。戦士だけではそこまで考えがいたらないので心強い仲間だった。

 

 「いいなぁ、あたしもそういうスキルが欲しかった。あたしなんか敵に物理攻撃加えるスキルとかしかないし」

 「戦士さんのスキルは痴漢相手には便利ではないですか。私のストーカーだって倒してくれましたし」

 「や、あれ手加減するの難しいんだわ。この平和な世界じゃスキルなんて意味ないし、使ったのバレたらえらいことになるもん」

 「物理攻撃スキルならば本人の怪力だとかで説明がついていいと思うのですがね。殺してしまったらどうしようもありませんか。私もエンカウント低下くらいならバレませんが、治癒は場合によっては使えませんし」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る