女騎士ケイティ

 

「アベル……しっかり頑張るんだぞ」

「リリィちゃんに宜しくね」

 カインとミーシャが見送りの言葉をアベルに言う。


 母の言葉に、罪悪感を覚えるアベル。


「アベル、頑張れよ!お前ならやれる!」

「おぅ!」

 何をやれるのかわからないが、級友だった男の子の声に返事をするアベル。


 多くの人が町を去るアベルの見送りに来ていた。

 その中にデジレの姿もあった。


 目が合うとデジレはニコリと微笑んだ。

 アベルも軽く頷く。


「そろそろ出ますよ」

 駅馬車の御者が声を掛ける。


「それじゃ行ってくるよ」

 アベルは駅馬車に乗り込んだ。


 ◆


 公都に着くと街の雰囲気が変わっていた。

 道は綺麗になり、人々には前より活気が溢れていた。


 辻馬車に乗り換えたアベルは、乗り合わせた隣の中年の男に話し掛ける。


「昔来た時となんだか雰囲気が違う気がするのは気のせいですか?」


「ん、お前さん、知らないのか? リリィ聖女様のお陰だよ。

 斡旋所に行けば職の世話をして貰えるし、街は綺麗になったし、犯罪は聞かなくなったし……今じゃ、神の街って呼ばれて周りの町から移住してくる者も多いのさ」


(そういう事は、手紙に一切書いてこないんだよなぁ……あいつ)


 リリィ本人と手紙で話してる筈なのに、肝心な事を何も教えて貰えないのに、複雑な気分になった。


 アベルは男にお礼を言うと、騎士団の施設前で辻馬車を降りた。



「すいません。ガランから来たアベルと言いますが、副団長に取り次ぎお願いします」


 そう言うと門の前に立つ騎士らしい男に、エヴルー子爵経由で預かった手紙を渡す。



「ついてこい」

 手紙を確認すると、その騎士はアベルを先導する様に施設に入って行った。


 施設の中を進みひとつの扉の前で止まると、先導していた騎士がドアをノックする。


「開いてるぞ」

 中から女性の声が返ってくる。


「アベル騎士見習いをお連れしました」

 ドアを開けると騎士が述べる。


「おぉ、来たか少年! お前は、下がっていいぞ」

 部屋に居たのは、剣道大会で戦った女騎士 ─ ケイティ ─ だった。


 敬礼を返すと騎士は去っていき、部屋にはケイティとアベルだけになる。


「まぁ、突っ立ってないで、その辺に座って待っててくれ」


 部屋の正面にある執務机で、何やら書類を処理するケイティが、中央にあるテーブルとソファを指差す。

 しばらく部屋を観察しながら待っていると、仕事が終わったらしいケイティは、アベルの向かいに座った。


 以前あった時は鎧に身を包んで居たので容姿はよく分からなかったが、ケイティは茶色のショートヘアに褐色の健康的な肌をした20手前くらいの女性だった。


 何より、騎士団の制服らしい服装なのに、大きな乳房が激しく自己主張をしている。

 大人の女性と接する事が殆ど無かったアベルは目のやり場に困ってしまう。


「自己紹介をちゃんとしていなかったな。副団長をしているケイティだ。

 しかし、なんだ…お前は騎士団に入るのに、剣も持ってきていないのか?」


 帯剣をしていないアベルを見て、ケイティが言った。


「いえ、あの……折られてしまい買い直すお金もありませんでしたから」

 アベルは申し訳なさそうに述べる。


「そうか……平民の出だったな。すまない、こちらの配慮が足りなかった。用意させよう」

 平民に取って、剣はホイホイと買えるような安いものでは無かったのだ。


「あれから剣は振っていないのか?」

「狩りで弓は使っていましたが剣は……」


 アベルの言葉をケイティが手で遮る。


「ふむ。先ずはブランクの解消からか……うむ。明日から毎朝、勤務の前に相手をしてやる」


「毎朝ですか?」

 騎士見習いの筈が、副団長自らが稽古を付けると言い出されて驚く。


「なんだ、嫌なのか?」

「い、いえ、そういう訳じゃありませんが、ご迷惑では?」

 アベルは恐る恐る尋ねる。


「なに、お前を鍛えるように公爵様からは言われているし、お前との稽古は私の為にもなる。

 なんせ、副団長と言うのは事務処理も多くてな……油断するとすぐに剣が鈍るんだ」


「……わかりました、そう言うことでしたら、お願いします」


 そうアベルが言うとケイティはニヤリと笑みを浮かべた。


「よし。そうとなったら、お前は今日から私の屋敷に住め」


「えぇぇ!」

 予想外の事に声を上げるアベル。


「毎朝稽古するなら、その方が楽でいい。あ、言っておくが、私は家事などたいしてできないからな。家賃替わりだ、掃除やらはお前がしてくれ」


 豪快に言い放つ副団長ケイティの言葉に、拒否権は与えられなかった。

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