ある少女の想い(アベル)

 

 アベルとリリィが10歳になり、幼年学校の卒業が間近に迫ったある日の事。


 数年で身長も伸びたが、まだ幼さが残る面影であった。


 学校で用事があり帰るのが遅れたせいもあって、周囲は少し暗くなっていた。


「アベルくん」

 学校を出たところでひとりの女の子が声を掛けてくる。


「デジレ。どうしたんだよ、こんな時間に」

「用事を済ませていたら、遅くなっちゃったの」

「そっか、俺と一緒だな」


 デジレは嘘をついていた。

 用事など無く、遅くなるのをわかっていたアベルを待っていたのだった。


 街灯など当然なく日が落ちて、既に周囲は暗くなっていたので、


「危ないから家まで送うか?」

 確か家は全く方向が違ったと思ったが、アベルがそう申し出ると、


「ホントに? ありがとう!」

 そう言うとデジレはアベルの腕を取り引っ付いた。


 幼少の頃よりデジレはアベルにアピールを繰り返していて、昔はリリィを心配している事もあって接し方がわからず避けていたが、リリィが公都でそれなりに生活出来ているのがわかってから、無理に避ける事はやめていたのであった。


 とは言え、慣れている訳でも無いので、顔が赤くなりそうなのを自覚しながら、必死に平常心を装っていた。



「アベルくん……卒業したら公都に行っちゃうの?」

 不意にアベルを見てデジレが聞く。


(か、顔が近い)


「あぁ、騎士団に行こうかと思ってる」


 ドキドキするのをバレない様に、一瞬だけ目を合わせると、前を向いてアベルが答える。


「そっか……」


 ふたりの会話が途切れたまま、デジレの家に着く。


「そ、それじゃ……またな」


 デジレの腕を離し帰ろうとするアベルだったが、デジレがアベルの腕をギュッと掴む。


「あ、あの……貴族様から言われて、困ってる事があるの。少しだけでいいから相談に乗って欲しいの……」

 神妙そうに見つめるデジレ。


 アベルは、今まで自分やリリィが貴族に振り回されてきた事を思い出す。


 躊躇したがそのまま帰るのも気が引けたアベルは、

「何があったんだ?」

 と、問い掛ける。


「ここだと、他の人に聞かれるかも……来て」


 内容はわからないが、道端で貴族の悪口を言うわけにも行かないので、デジレに連れていかれるまま、彼女の部屋について行った。


「家……一人なのか?」

「うん。お父さんもお母さんも貴族様に呼ばれて出掛けているの……」


 領主に呼ばれた時の事を思い出し神妙な顔をするアベル。

 それを証明するかのように、先程とは変わって変わって暗い顔になったデジレ。


「あ、ごめん。椅子とか、無いから……ここに座って」

 と、デジレがベッドに腰掛けて、自分の横を示す。


 部屋にはベッドと少しの小物があるくらいだったが、平民の家では子供の個室があるのが珍しいくらいだったので、アベルは隣に腰掛ける。


「それで、何があったんだ?」

 アベルが再び聞いた。


 言葉を選ぶようにデジレが沈黙していたが

「私……貴族様に売られちゃったみたい」

 とポツリと言う。


 アベルは言葉を失う。リリィの両親がリリィを売った時の事を思い出した。


「……妾? になって、40くらいのおじさんの子供を産まないといけないんだって。20歳くらいまでに男の子を産まないとダメらしいの」

 涙を浮かべながらデジレが言う。


「……」


 貴族社会はよく分からなかったが、子供が産まれるかどうか、その子供が男の子かどうかなんて、努力でどうにか出来る事とは思わず、言葉を失うアベル。


「……その貴族のところに行くのは嫌なのか?」


「……行きたいって思ってると思う? 奥さんは別にいるらしいけど、子供が出来なかったからって代わりなんだよ?」


「ごめん」

 当たり前の事を聞いてしまったと後悔するアベル

 そして、自分に何が出来るんだろうと、黙ってしまった。


 沈黙が部屋に流れ、空気が重くなるのを感じていた。


「私……アベルくんが、ずっと好きだった」

 ポツリとデジレが言う。


「あぁ」

 アベルもデジレのわかりやすいアピールに、それは気がついてはいた。


「アベルくんと一緒に……どこかに逃げたい」


「……」

 何も答えられず沈黙するアベル。


「なんてね。無理だよね、わかってる。ごめんね、ちょっと言ってみただけ」

 デジレが明るい声でそう言ったが、その目からは涙が零れていた。


「ごめん、俺は……」

 そう言いかけた時、デジレがアベルに抱きついた。


「……!」

 突然の事に驚くアベル。


「わかってる。ずっとわかってた。アベルくんの気持ちは他の子に向いてるのもわかってた。それでも……好きなの」


 涙声で続けるデジレ。

 振り払う事も出来ずに、アベルはそのまま聞いていた。


「お願いが……あるの……」

「……」


「私の事が好きじゃなくても良いから……私の……最初の相手になって欲しいの」

「い、いや……それは……」


 まさかの話に戸惑うアベル。


「誰にも言わないから……ううん、言えないから……貴族様のところに行ったら、私は子供を作る為だけの生活になっちゃう」


「……」


「だから……最初の相手だけは……自分の好きな人であって欲しいの。お願い……せめて、すがる思い出を……私にください」

 デジレは涙声で震えながら言う。


(一緒に逃げる事は……出来ない。でも……)

(リリィ…ごめん)


 リリィへの想いなのか、複雑な罪悪感を感じながら、

 それでも、腕の中で涙を流すデジレを突き放す事が出来なかった。


「お、俺……その……」


「……うん」


「こういうの初めてだから……どうやったらいいか」


 そうアベルが恥ずかしそうにそれだけ言うと、


 顔を上げたデジレが、ゆっくりと顔を近づけて口付けをしてくる。


 そのままデジレは口付けをしたまま、アベルが覆いかぶさる様に身体の力を抜いてベットに横になった。



 ………




 その日、アベルは男になった。

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