公共事業と派遣事業(リリィ)
「親愛なる神の子らに祝福を…(癒しの輝き)」
リリィが右手を振るうと、教会に集まった人々の頭上から光が舞い降りる。
「おぉ……聖女様……」
「腰の痛みが消えていく」
「神の御加護だ」
「魔法でも治らなかったのに……」
人々が恍惚とした表情でリリィを讃える。
(いや、魔法だから)
ポゾン枢機卿に請われて、時折、祭日に教会に赴き、聖女らしい事をしていた。
(完全なマッチポンプな気かしなくも無いけど……これで心が救われる人も居るみたいだから、まぁ、いいか)
壁際に立つセリーヌは、キラキラと目を輝かせていた。
(普段の私も見てるのに、よくあれだけ信じれるわね)
今更ながらにセリーヌの信仰心に感心するリリィであった。
聖女のお役目らしきものを終えたリリィが、セリーヌを伴ってポゾン枢機卿の部屋を訪ねる。
「おぉ、聖女様。お勤めご苦労様です。聖女様のお導きで、ここ公都を中心に東教区では、信仰を改める者も多くございます」
「……信仰は、強要されるものでは無いと思います」
「えぇ、もちろん強要など致しません。邪神を祀るなどは別ですが、信仰はその心より生まれてこそで御座います」
その言葉に少し顔を曇らせる。
正教会が唯一の国教の座を守る為に、他の宗教を異端審問会などで弾圧していたからである。
(まぁ、流石に私が口を挟むことじゃないわね)
「ですが、信仰心を持つ者が少ないスラムでは、神の教えが無いため、犯罪などに走るものが多い事を考えますと、信仰を持つ事はより推奨されるべきだと思われます」
ポゾン枢機卿の言葉にセリーヌが頷く。
(盲目的なセリーヌはともかく、ポゾン枢機卿のは……詭弁よね)
「スラムの者達が犯罪に手を染めるのは貧しいからだと思います。彼らには信仰よりも先にその日の食べる物が必要では無いでしょうか?」
なんとなく、ポゾン枢機卿の詭弁に反論しないと、自分も信仰最優先と思われそうな気がしたリリィは意見を述べる。
「いえいえ、聖女様もご存知でしょう。教会では定期的に炊き出しを行っておりますし、孤児院も運営しております」
それはリリィも知っていた。
炊き出しにも孤児院の手伝いにも参加した事があるのだから。
「非才な我々の不徳の致すところで悲しい限りですが、信仰無き方々を救う術は無いと思われます」
(な、なんだか……敗北感が……)
「少し試してみたい事があるのですが」
「神のお力をお借りできるのでしょうか?」
ポゾン枢機卿がニヤリと一瞬したような気がした。
(うまく乗せられた?)
と疑問がよぎるが、今更止められない。
「神の力を安易に頼るべきでは無いと思います。人の手で出来る事は人の力で解決すべきかと思います」
「仰る通りですだと思いますが、実際に人の力で出来ることなどありますでしょうか?」
「彼らに仕事を与えては如何でしょうか?」
「仕事ですか? しかし、彼らに出来る仕事と言いましても……それにギルドの事もありますし」
大抵の職業にはそれぞれのギルドが存在して、就職や転職に制限があった。
「いえ、行なって頂こうと考えているのは、人があまりやりたがらない……トイレの処理などです」
「それは、奴隷の仕事ではありませんか?」
「奴隷を雇えるのは貴族の方だかなど裕福な者だけで、平民街などでは、路地裏に放置されていますよね?」
この国では下水の仕組みはほとんど無く、放置された糞尿の為に臭いが蔓延しており、衛生状態があまり良くない為、ちょくちょく疫病の発生原因となっていた
「まだ、ギルドの行う仕事でも、人の出入りがあまり無いため、忙しい季節などは人手では足りなくなる事もしばしばだと聞いています。」
「確かにそうですが、簡単に人を増やしては、今までいる者が反発すると思われますが」
「そこで、可能であれば公爵様などにも協力して頂き、孤児院やスラムの方々などの人手を集めて、期間限定でお貸しする仕組みを作るんです。街が綺麗になれば公都に来る人も増えます。
それに今までその日の食事にも困っている方々に生きる術を与えられますし、賃金を抑えても収入を得るのですから税収もあるかと思います」
リリィが言っているのは、公共事業や派遣事業の考え方であった。
「うまく行きますでしょうか?」
「色々と問題も出てくると思いますが、まずは小さく初めて見て、出できた問題を解決する仕組みを作りながら、公都全体に広げていくのが良いかと思われます」
「……わかりました。検討してみましょう」
その後……スラムと孤児院にはそれぞれ臨時仕事の斡旋所が作られ、公都からは糞尿の臭いは無くなり、死亡率の低下やスラムの縮小、各ギルドの生産性向上、それに伴う住民の増加など、公都は好景気を迎えるのであった。
それに伴い、聖女リリィの評判も高まっていった。
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