エヴルー子爵の頼み(アベル)

 

 アベルがガランに戻ってからしばらくしたある日、カインとミーシャの2人は、領主館に呼ばれていた、


 二人の前で言いづらそうにしているエヴルー子爵の様子に2人は不安を覚える、

 何せ、前回はアベルを真剣での剣術大会に出す羽目になったのだから。


「ふむ……何処から伝えたものか」


「あ、あの……アベルの事でしょうか?」

 ミーシャが恐る恐る問い掛ける。


「あぁ、そうだ。と、そんなに身構えなくても、悪い話では無いはずだ」


「それと、先日の事だが謝罪させて貰いたい。申し訳なかった」


 横柄な言い方ではあったが、貴族が平民に謝罪するのを見て驚く二人。


「い、いえ、怪我もなく無事に帰ってきましたので、気にしていません」

 カインがそう返す。


「いや、怪我はしたのだが……あの娘が魔法で治したのだ」


「まぁ……リリィちゃんには、また助けられたのね」

 リリィの魔法を思い出しミーシャが呟く。


「それでな、試合を見た跡取りの居ない家から婿に迎えたいという話が来たのだが……」


「ほ、本当ですか!」

 乗り出しそうな勢いで反応するカイン。


 平民生まれの者が貴族の目に止まり婿養子に入り爵位を引き継ぐ……この国ではある種のサクセスストーリーであった。


 大抵は陪臣がいい所で、それですら、それを求めて剣術大会に出るものが多数と言うのが現実であった。


「あなた、アベルにはリリィちゃんが……」

「いや、だが……」


 どんなに想って居ても、貴族家を継ぐのと、平民同士で結婚するのは、普通は貴族家を取る人が大半であったろう。


「あぁ、済まん。言い方が悪かったが、その話は無くなっている」


 落胆するカインに、安堵するミーシャ。


「無くなったのには訳があってな……ランバート公爵と教会のポゾン枢機卿から、直筆の書面が届いて、リリィとアベルの仲を邪魔することは固く禁じるとの達しが出たのだ」


 固まるカインとミーシャ。

 それもそのはずである。公爵家当主と教会の重鎮が、わざわざ平民の子供2人の関係に口を出すなど、意味がわからなかった。


「気持ちは判るぞ……私も最初は同じ気持ちになったからな。リリィ……いや、リリィ殿だが……今の立場は、教会が後ろ盾となった聖女様だ」


「きょ、教会の聖女様……ですか?」

 既に2人の思考は、話に付いてこれなくなってきていた。


「で、でも……教会の聖女様であれば、伴侶となるのはアベルでは無いのでは?」

 女性特有のネットワークで、正教会信者の考えも多少は知っていたミーシャが問う。


「まぁ、普通はそうなのだろうが、何故かリリィ聖女様に関しては、想い人であるアベルとの仲を教会は認めるらしい」


「そ、そんな事ってあるのでしょうか?」


「わからん……わからんが、枢機卿からの通達に書いてあったのだから、そうなのだろう。

 それでだ。

 何があってそうなったのかはわからないが、わしは公爵も教会も敵に回したくは無いのでな……変な女に走らない様に、くれぐれも気を付けてもらいたい」


 なんとも言えない頼み事に、二人は顔を見合わせる。


「私が言うのも変ですが……だ、大丈夫じゃないでしょうか? リリィちゃんの為に命を2度も掛ける程ですし……」


「いや、そう思いたいが、男というのはわからないものだしのぉ」


 エヴルー子爵の言葉に苦い顔をするカインであったが、ミーシャの前で言うわけにもいかず黙っていた。


「それと、最後に……これは、ランバート公爵の白銀騎士団からだが、アベルが望むのであれば、幼年学校卒業後に騎士見習いとして入団する気は無いかと打診が来ておる」


「騎士団にですか?」

 普通は騎士団への入団は貴族子弟からが大半で、平民には門徒が閉ざされているものであった。


「剣術大会で白銀騎士団の副団長と当たって善戦してな。それでそういう話となったようだ」


「それは、いつまでに返事をすれば宜しいのでしょうか?」


「幼年学校卒業迄に決めれば良いらしいので、あと2年程あるのだが……早く返事をするに越したことは無いだろう。」


「わかりました。帰って息子と相談してみます」

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