セリーヌ(リリィ)

 

 ローデリック子爵家に戻ると子爵は家族と使用人を食堂に集めた。


「リリィ聖女様の側でお仕えする事になりましたセリーヌと申します」

 聖女の女性……セリーヌが挨拶をする。


 ちなみに女神様と呼ぶのは帰りの馬車の中でリリィが禁止していた。


(聖女も本当はやめて欲しかったんだけど、聞いてくれなかったのよね)


「ただの平民のリリィに使えるですって?!」

 子爵夫人が声を荒らげる。


「無礼な物言いは……」

「ちょ、ちょっと、セリーヌ」

 リリィがセリーヌを止める。


「いえ、リリィ様のお気持ちはわかっております。ですが、今後のために説明差し上げた方が良いです」


(この人って、頑固よね……狂信者ってやつかな?)


「リリィ様は枢機卿を初め正教会の認める聖女となられました。それはすぐに教皇猊下だけでなく公爵様や国王陛下にも伝えられることでしょう。

 その上で、暴言を振る舞うのであれば、異端審問会も覚悟して頂く必要がございます」


 異端審問会……それは、司祭以上の7名で開かれる者で、その場で裁かれた者は異端者として処罰されるものであった。


 震え上がり真っ青な顔をする夫人。

 その向かい座る子爵の息子は、浴室での一件を思い出したのか、普段より更に怯えた顔をしていた。


「セリーヌ殿……これも、これ以上の暴言は言わないと思うので、それくらいで許してやってくれませんか」


 ローデリックが助け舟を出すと、夫人を一瞥してリリィの後ろに下がるセリーヌ。


「他のものも聞いての通り……必要以上に畏まるのは、リリィ殿が求めていないが、くれぐれも粗相の無いように」


「「かしこまりました」」


「セリーヌ殿の部屋はリリィ殿の隣に用意させましたが、それで宜しかったですか?」


「ご配慮感謝致します」

 セリーヌは、恭しく子爵に頭を下げた。


 ◆


 翌日……学校にも当たり前の様にセリーヌは付いてきていた。


「司祭様……ですよね」

 セリーヌの服装を見たカーテローゼがセリーヌに声を掛ける。


「はい。昨日からリリィ様のお側で使える事になりましたセリーヌと申します」


「そうですか」


 公爵令嬢として教会に逆らう愚を理解していたカーテローゼはそれ以上追求するのを避けた。


 そこにやって来たアルバートが、


「しかし、司祭様がお付か。これで平民と蔑まれることは無くなるけど……違う意味で周りは距離を取るだろうな」


 最後の方は、小声でセリーヌに聞こえないように呟く。


「洗礼を受けたら……こうなりました」

 リリィの言葉に首を傾げる2人。


「洗礼って、聖水を頭に少し垂らして頂くアレですよね?」


 カーテローゼの言葉に、セリーヌの方を振り向くリリィ。


 セリーヌはニコッと笑うと、聖女様ですから。と、当たり前の様に言い放つ。


「あ、あんな恥ずかしい格好したのにぃぃ」

 机に顔を埋めるリリィ。


「でも……聖女様って結婚とかどうするのかしら?」

 ふと、先日まで公都にしたアベルの事を思い出してカーテローゼが呟く。


「聖女様は清らかであるべきですが、子を成すためであれば、神もお認めになるでしょう」

 当たり前の様にセリーヌが言う。


 その言葉に、リリィが反応する。

 表情が見えるリリィの前に立っていたカーテローゼが、

「せ、セリーヌ司祭様……」

 止めようとするが、意に介さずセリーヌが続ける。


「ましてやリリィ様は、ただの聖女様ではありません。お年頃になられましたら、相応しいお方を教会がお引き合わせするでしょう。

 それ以外の相応しくない殿方がリリィ様を穢さない様に私がお側に仕えさせて頂きます」


(ふ、ふざけるな! 望んで聖女なんかになった覚えはないわよ!)


 バンッと机を叩きリリィが立ち上がる。

「セリーヌ!!」


「は、はい!」

 リリィの怒鳴り声にビクッとするセリーヌ。


「アベルに何かしたらタダじゃおかないわよ 」

「で、ですが、教義では……」


 バチッ!


 セリーヌの足元を、リリィの額に発生した電流が打ち付ける。

「ヒッ!」


「信じるのは勝手だけど、私が書いた訳じゃない教義を、押し付けないで!

 アベルを害するなら、女神の怒りってヤツを教会に見せてあげるんだから! 」


「も、申し訳ありません!女神様のご意思は、間違いなく教会に、しゅ、周知致します」


 あまりの剣幕と女神の怒りに触れてしまった恐怖から、セリーヌは土下座したままガタガタと震えていた。


 その様子にドン引きのアルバートが、隣で同じく呆然とするカーテローゼに小声で話し掛ける。


「なぁ……アベルが他の女に走ったら……この国ってどうなるんだ?」

「女神様の天罰で滅びるとか?」

「滅びの原因が浮気からの嫉妬って、笑えないんだが……」

「そうね……そんなのは、私もごめんですわ」


 二人は国や自分達の家の存続の為にも、アベルとリリィが添い遂げて欲しいとおもうのであった。

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