真の聖女(リリィ)


食事の席でローデリックが切り出した。

「リリィさん、洗礼を受けませんか?」


「成人の前にですか?」

リリィが手を止めて答える。


「えぇ、教会の方から要望がありまして。どうですか?」


「信仰心はあまり強くないのですが…」


「ははは。私も熱心ではありませんよ。市井の者の中には、あなたの事を聖女と呼ぶ方々もいましてね。正教会としては、せめて洗礼を受けてほしいという訳です」


「せ、聖女……ですか」


「リリィさんは聖女に相応しいと思います」


目を輝かせてリリィを見るメアリー。

すっかり病は治り、第二次性徴期を迎えたいメアリーは、少し女性になる傾向を見せていた。


「洗礼を受けた方がいいのであれば、私は構いませんが、聖女……では無いかと」




翌日、ローデリック子爵と共に教会に向かったのを待っていたのは、ウベルト=ポゾン枢機卿を初めとする7人の教会関係者であった。


「ようこそおいでくださいました、聖女様」


「本日はありがとうございます」

深々と頭を下げ礼をしながら述べるリリィ。


「では、洗礼の用意をして頂くので、こちらに」

祭服を着た女性が一歩前に出てリリィを促す。



個室に移動しながら女性が話し掛ける。

「リリィさんは聖女についてはご存知ですか?」


「申し訳ありません、あまり詳しくないのです。」


「いえいえ、あまり知られていませんから」

女性が気にしていない感じで説明を始める。


「正教会の5つの教会……この公都の他には、王都と、王国の北、南、西にある5つの教区の教会には祭壇が設けられていて、神からのお告げを受ける者を聖者、聖女と教会では呼んでおります」


「どなたでも祭壇では神からのお告げを受けられるのでしょうか?」


「いえ、聖者になれる方が洗礼を受けた際にお告げを下さります。私も神よりお言葉を賜わります。言い伝えでは、神のお告げで災害などから救われたと言われております」


(神様……ねぇ)


「ちなみに、私もお告げを受ける身なのですよ」

じっとリリィを見つめる。


(私が聖女なんて呼ばれてしまって怒ってるのかな)


部屋につくと、

「こちらのお召し物に着替えて頂けますか?」

と服を女性が差し出してくる。


渡された服は、金の刺繍が淵にされた薄手の白い生地の服であった。


「これだと……下着とか透けちゃいませんか?」

若干引き攣りながらリリィが言うと、


「すいません……そのお召し物以外は身につけられません」

その言葉に口をパクパクさせてしまうが、女性の有無を言わさない視線に諦めた。



服に着替えた後に女性に連れられて洗礼の場に行くと先程の場にいた教会関係者が待っていた。


部屋の正面には女神像があり、女神像の持つ瓶からサラサラと一筋の水が流れ落ちていた。


「あの女神様がさずけて下さる聖水で身を清める事で洗礼となります」

流れ落ちる水は尽きること無く流れている。


(あぁ……なんだが雰囲気的に、濡れて透けそうだから嫌。なんて言ったら不謹慎って言われそうよね)


リリィは、諦めて女神像の下にある水に足を入れと、床の水が輝きを放つ。


周囲が息を飲む。


(これは魔法の一瞬なのかな?)


ゆっくり進むと女神像から落ちる水を頭から被る。


《ようこそ、新たな聖女》


聞き慣れた言葉が頭に響く。


(や、やっぱりか! 何なのよ、これ? あなたが神ってわけ?)


《人の滅亡を回避する為に、一部の者に危機を事前に伝えています。我々の存在を神と伝えた訳でも、聖女と言う呼び方も人間が作り、素質を持つものを示すのに都合が良いので使っているに過ぎません》


(はぁ……なんだか、色々な事になりそうな予感しかしないわ)


《周囲の目がある状態で、一般的に知られていない魔法を使ってみせた事で、既に十分な注目を集めてしまっている状態です》


(ところで……私は何かお告げを貰って周りに言った方がいいのかしら?)


《本来、この場で行われる私達との接続は、通常の人には、大きな精神負担になる為、数言を与えるのが精々なので、周りの目を気にさせるのであれば、早々に戻られた方が良いと進言します》


(ちょ、ちょっと、バカ! そういう事は先に言ってよ!)


いそいそとリリィは水から上がると、声を失った教会関係者の姿が目に入った。


我に返ったポゾン枢機卿が、急いで片膝をつき頭を垂れると、周りの者もそれに習う。


「我らが神の写身たる真なる聖女よ……何卒、我らをお導き下さい」


「う、写身? 真なる聖女?」


「はい。今のお姿をみて確信しました」

自分も聖女と言っていた女性が答える。


「8年ほど前に、『写身たる存在が産まれる』とお告げを受けておりました。貴方様こそ、我らを導いて下さる写身たる存在に違いありません」


(すでに外堀埋められてるんですけど……わざと?わざとなの?)

愕然として思わずへたり込みそうになるリリィであった。

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