本当の剣術大会

 

 公都ではリリィが教室で本を読んでいた。


 ここに来たはじめの頃は平民と蔑む人が多かったが、どれだけ突っかかっても平然としているリリィの態度に、カーテローゼは嫌味を言いつつも、何かあると話し掛けると言う関係になっていた。


 学校の中で立場が上なカーテローゼが話している事で、周囲の者も仲良くする訳では無いが、かといって何かをするわけでも無くなっていた。


 そんな部屋にアルバートが飛び込んできたかと思うと、リリィの席に駆け寄ってくる。


「リリィ!」


「は、はい!」


 突然呼ばれ驚いて返事をしてしまうリリィ。


「君が言っていた剣が使える友人と言うのは、アベルと言うのか?!」


「は、はい、そうですけど…」


 アルバートがアベルの名前を出すとは思わなかったので、キョトンとしてしまう。


「3日後から開かれる剣術大会に、ガランのエヴルー子爵家の枠で出るらしいぞ!」


「アベルが公都に来るんですか?」

 まさかの事に喜ぶリリィ


「何を呑気な事を言ってるんだ。知らないのか? 出る剣術大会は、大人が出る真剣での大会だぞ」


 リリィは、喜びから一転して、真っ青な顔になる。


「ど、どうしよう……止めなきゃ」


「どうやって止めると言うんだ。公式に発表された以上、家の面子の問題もある……エヴルー子爵は引き下がるとは思えないぞ」


「で、でも……」

 リリィの脳裏に数年前のアベルが切られた光景が浮かぶ。


「何の騒ぎですの?」

 そこにカーテローゼが現れる。


「リリィの……ガランに居る友人が剣術大会に出るらしいんだ」


「剣術大会?この学校の生徒しか出られないのでは?」


 リリィはこの勘違いをしたのかと納得したアルバートは、訂正をする。


「いや、そっちじゃない……闘技場で行われる本当の大会の方だ」


「まぁ……子供であれに出るなんて命知らずな」


 おもむろに席から立ち上がったリリィは、突然カーテローゼに土下座をしだす。

「カーテローゼ様! お願いします、力を貸してください!」


「ちょっと何ですの!? や、やめて下さい……お顔を上げてください」

 狼狽したカーテローゼは止める。


 ここ数年で少なくとも相手に土下座されて喜ぶような関係では無くなっていた。


「リリィは……その子を死なせたくないんだ」


「そう言われましても……」

 こと家の名誉が絡んでいるだけに困るカーテローゼ


「とりあえず、お父様に相談してみます」



 そして大会の初戦…リリィとアルバートの2人は闘技場の係員控え室に居た。


 公爵に面会したリリィは、せめて何かあった時にすぐに駆け付けられる場所に居たいと言った為である。


 カーテローゼは、残酷な物を見せたくない公爵の意向で観戦は却下されていた。


 闘技場は初戦にも関わらず、まるで決勝の様な観客が入っていた。

 初戦にわずか8歳の子供が出場すると言う噂が流れていたからであった。


 街の評判は、幼い子供を出場させたエヴルー子爵の悪評が流れていた。


「さて……せめて子供が死ななければ良いのだが……」

 賓客席の公爵が隣に話し掛ける。


「そうですね…リリィが想いを寄せる相手なので、悲しむような事は避けたいのですが…」

 公爵の隣に座るローデリック子爵が答える。


 リリィが発明した色々な商品の事もあって、公爵と子爵は懇意にしていた。


「最悪、即死でさえなければリリィの魔法で助かるとは思うのですが、何せ真剣ですから下手をすると……」


「ほぉ、あの娘の魔法はそれ程なのか」


「話に聞いたのは一度ですが、瀕死の重傷をたちどころに治したとの事です」


「その様な事が可能なのか?」

 公爵が後ろに立っているお抱えの魔導師に問いかける。


「上級の治癒魔法であれば可能ですが……わずか5歳の少女が使ったなどとは、簡単には信じられません。何せ上級の魔法を使える者など、王国でも両手で数える程ですから」


「ふむ。その少女の魔法が本当かはともかく……使わずに済むのであれば良いな」


 そんな中、闘技場に一人の男が現れた。


 男はベテランの冒険者であり、冒険者の引退を考え初めている年齢に差し掛かっていて、士官目当てに出場していた。


 男は長剣とバックラーを持ったまま不機嫌そうな表情で相手を見ていた。


 その相手、アベルは父の剣を背中に背負い闘技場に入ってくる。


「士官目当てで参加したのに、こんな子供の相手をさせられるとは……殺せば名声どころか悪評にしかならないではないか」


 男が不機嫌な理由がこれであった。


 この一戦は男にとり、メリットが無く、デメリットばかりなのであった。


 この組み合わせには公爵が一枚噛んでいた。

 娘のカーテローゼからの頼みもあり、家の面子が絡まない冒険者で、且つ、比較的穏やかな性格をした者と当たるようにしたのである。


 そんな中、試合開始の銅鑼が鳴る。


「急所は外すから死んでくれるなよ」


 そう言うと左手のバックラーを突き出すようにジリジリと距離を縮める男。


 それに対して、アベルは剣を構えたまま微動だにしない。


 二人の距離が、剣が届くぎりぎりまで縮まる。


「お、おい…なんで動かないんだ?」

 脇から見ていたアルバートがつぶやく。


(アベル……お願い……死なないで)

 《固有名リリィ……問題ありません》


 ここ暫く無かったナノマシンの返事とも言える声に驚くリリィ。


 次の瞬間、間合いに入った男がバックラーを押し付けるように突き出す。

 それを予想していたかのような反応で、男の左側に回り込むアベル。


「ちぃ!」

 男がバックラーをアベルの視界を防ぐように動かすと同時に、右手の剣でアベルの左太ももを切りつける。


 軽い衝撃を右手首に感じながらも剣を振り下ろした男の目に…手首から先が無くなった自分の右腕が飛び込んできた。


「ぐぅぅぅ……」

 男が左手で抑えてうずくまる。


 バックラーが目の前に来る直前……アベルの目は右手の剣が動きを、その剣が近い未来に通る軌跡と共に捉えていた。


 それを見るや否や、男の手首が通る位置目掛けて左手一本で剣を切り上げたのであった。


 ゴゥンゴゥン


 試合終了の銅鑼の音が闘技場に響き渡る。


 会場はまさかの番狂わせに沸き立っていた。




「ま、まさか……圧勝するとは……」

 アルバートの漏らした感想は、闘技場の至る所で多くの人が口にしていた。

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