アベル公都に(アベル)

 

 2年後のガラン幼年学校では、その年の剣術大会が終わっていた。


「おぉぉ!これで3年連続だ!」


 8歳になったアベルは、3連続優勝を果たしていた。


 参加が幼年学校の生徒である為、大抵が最長年の10歳の子が優勝するのだが、アベルが優勝してからは、ちょっとした町の催し物になっていた。


「アベルくん。弓も上手なんでしょ? 今度教えてよ」

「今度、授業でクッキー焼くから食べてね」


 アベルは、ちょっとした学校のヒーローみたいになっており、色づき始めた同級生や上級生の女の子に、チヤホヤされていた。


「はいはい。アベルは、心に決めた子が居るんだよ」


 半ばからかう様な口調で級友の男の子が助け舟を出す。


 事実、親元を離れて1人公都で過ごすリリィを思うと、悪い気はしないが、他の女の子と仲良くする気にはなれず、もっぱら男友達とばかり過ごしていた。


「友達は別に沢山いる方がいいじゃない。って言うか、なんであんたが出てくるのよ」


 アベルが女の子と接するのが苦手な事を知ってるその級友が、チラリとアベルに目配せすると、


「あ、父さんとの約束があるんだった。またな!」


 そそくさと逃げ帰るように駆け出してった。


「あ、もう!行っちゃったじゃない!」


 そんな文句が聞こえたが数日もすれば、優勝の空気など無くなるだろうと思って、気にしないことにした。


 ◇

 ◆

 ◇


 その日の晩、宿屋の酒場をアベルが手伝っていると、執事風な服装の男と、鎧を纏った男が入って来た。


「いらっしゃいませ……お食事ですか?」

 男達の服装に違和感を感じながら、いつも通りの言葉で問い掛けるアベル。


「あなたが、アベルさんでいらっしゃいますか?」


「は、はい……そうですが……」


「私は、領主エヴルー子爵様の元で執事を務めさせて頂いている者です。子爵様がお会いになりたいとの事ですので、ご同行頂けますかな?」

 執事の発言に場が静まり返る。


「で、でも、お店が……」

 領主の館を行った時の事を思い出し、嫌な予感しかしなかったアベルは、戸惑いをみせる。


 だが、そんな言葉も虚しく……

「じゃ、じゃぁ、お代置いとくから」

 と、客達は、そそくさと逃げ帰っていった。


 つい先程まで、アベルの剣術を褒め、うちの娘を許嫁にどうだなどと言っていたのにである。


 もちろん、平民で許嫁など殆どが冗談であるが、中にはアベルの狩りの腕を知った上での打算から言っている者も居た。

 それに対して、アベルもアベルの両親もまともには取り合ってはいなかったとは言え、見事なまでの豹変ぶりであった。



(こいつらも…リリィを売ったあいつらと同じか…)

 アベルは、そんな客達の様子から、リリィの両親を思い出して不愉快な気分になった。


「泊まっているお客さんもいるから、お前は待って「私がついて行きます!」」


 ミーシャに残れと言いかけたカインの言葉を、ミーシャが遮る。


「……わかった」


 妻の決心したような目を見て、カインは妻に行かせる事にした。


「では、こちらに」


 執事に促されて外に出ると、店の前には馬車が止まっていた。


 ◇

 ◆

 ◇


 領主の館でアベルとミーシャは、再び領主と対面していた。


「町で噂になっているから会ってみれば……あの時の子供だったか」

 アベルを一瞥すると子爵はそう言った。


「随分と剣の腕がたつらしいな」


「……リリィを守るために修行しました」


「ふん。たかが幼年学校で1番になったくらいで、強いつもりか?」


「……」

 子爵の言いたいことがわからず、返答に困るアベル。


「あの、子爵様……お呼びとの事でしたが、どのようなご要件でしょうか?」

 息子を馬鹿にされる怒りを堪えてミーシャが問う。


「最初は褒めてやろうかと呼んだのだが……世間知らずな子供に世の中を教えてやろうかと思ってな」


「どう言う事でしょうか?」


「リリィ……あの娘がどれ程の事をしているか知っているのか?」


 その言葉にアベルは悩む。リリィからの手紙は毎月の様に届くが、特に変わったことは書いてなかったと思ったからであった。


 リリィは手紙ではアベルの日常を聞く事が多く、自分の事は学校での出来事や家での出来事を、当たり障りない程度に書いているだけであった。


 その為、アベルは普通の生活を出来ていると思っていたのである。


「あの娘は、薬やポンプなどをローデリック子爵と共に作り出し、今やランバート公爵や王都の陛下にまで名前を覚えられているのだぞ」


 アベルとミーシャは驚いた。

 去年、井戸に設置された手押しポンプは、水汲みが楽になり評判だったが、まさか、それとリリィが関係しているとは思っても無かった。


 ちなみに、この手押しポンプは、ローデリック子爵が使用人達が困っていると言う名目で、リリィから聞き出し、販売したものである。


 その後、王都に呼ばれた際に聞かれたローデリック子爵は、貴重な知恵袋が居ますのでと言っていたのである。


「貴族が集う公都で常に首席を取り、王国の知恵袋とも言うべき識者を、たかが剣が少し立つくらいで守ろうなどど、身の程知らずとは思わないか?」


 ただ、エヴルー子爵がアベル達にきつく当たっているには別の訳がある。


 エヴルー子爵からすれば、リリィはローデリック子爵と自分の二人で見出したと言う想いがあったが、リリィの知恵を使い名誉を得ているのはローデリック子爵ばかりという思いがあり、言わば八つ当たりのような怒りをアベルとミーシャにぶつけていたのである。


「……それでも、俺はあいつを守りたいと思っています」

 か弱い幼馴染が、突然雲の上の存在に変わってしまったかのような錯覚を覚えながらも、必死に絞り出すかのようにアベルは想いを告げる。


「ほぉ、ならば来月開かれる公都での大会で優勝してみよ。言っておくが、学校のそれとは別物だそ? 周りは大人ばかり、それも騎士団や憲兵などから選ばれた者達が真剣で行うのだ」


 子爵が意地悪く言い放つ。

 子爵が言う大会は、数年に1度王国で開かれ、それぞれの貴族家が数名の代表者を出し競い合うものであった。


 家の名誉の為であったが、真剣を使う以上当然死者や怪我人も出る大会で、私兵や騎士団を抱える貴族……もしくは、目に留まり雇われる機会を伺う在野の武芸者以外は、賭けの対象の娯楽であった。


「お、お待ちください! この子は、まだ年端も行かない子供です、そんな大会になど……」

 ミーシャが青い顔をして翻意を促す。


 言い出した子爵も、その様な大会に子供を本気で出そうとは思っても無く、詫びて謝ってくるだろうとの思いで言っていた。


「出ます……優勝したら、リリィを返してください」


「……!」

 子供の威勢で出ると言いかねないとは思ったが、返せと言われて子爵は憤慨する。


 自分は奪ったのでは無い! 親も納得し、金まで払っている! それなのに、自分には何も恩を返さない!

 ここ数年溜まった鬱憤が爆発してしまった。


「よく言った! 後で恐れをなしたなどとは聞かんぞ!」


「ちょっとアベル…何を」


「はい、構いません」


 こうして若干8歳の少年は、真剣での大人達が斬り合う大会に出場する事となった。

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