復讐(アベル)

 

 その日、いつものように森に狩りに来たアベルは、木の上で獲物を探していた。



「あっちか?」

 何かの気配を感じたアベルは、その方向に木から木に飛び移りながら移動していた。



「ん? 人だ……なにしてるんだ?」


 アベルが目にしたのは、街道が辛うじて見える場所で身を潜める数人の男達の姿であった。

 耳を済ませると、男達の声が聞こえてくる。


「もう少ししたら駅馬車が来るぞ。気を引き締めろ」


「気を引き締めろって護衛も仲間じゃないですか。見せかけの戦いをするだけでしょ?」


「客の中に腕が立つのがいるかもしれねぇだろ、油断すんじゃねぇ」



(盗賊……か?)

 男達の会話を聞きながらアベルは考えた。



 ふいにアベルは、リリィを攫い自分を斬った男の事が思い出した。

 まさかと思いながら、アベルが男達の顔を確認すると……男達の中に、アベルを斬った男が混ざっていた。



(あ、アイツらのせいで、リリィは……)


 アベルは、一番後ろに居た男に狙いを定める。


「……」


 少し躊躇った後、アベルは番えた矢を離す。

 矢は男の首筋に刺さり、男が糸の切れた人形のように横に倒れる。


 ほとんど音を立てずに、アベルは倒れた男の元に降りたった。

 森での狩りをするうちに、獲物に気付かれない動き方を身につけていたのである。



 男が持っていた剣を拾い上げると、


 ガリリッ!


 わざと地面に剣を擦り音を出し男達の注意を引く。


「誰だ!」

「あ、あの時のガキ!」


 音に気がついた男達が、振り向きざまに声を荒らげる。

 そして、アベルを斬った男が驚いた表情を見せた。


「やっぱりあの時の……」

 アベルは、剣をダラりと持ったまま静かに言った。


「生きてやがったのか。だが、今度こそ、死ね!」

 そう言い放ちながら、男が剣を振り上げる。


 次の瞬間……低い身体を更に低くするように踏み込んだアベルが、自身の身体ごと剣を横に振り抜く。


「えっ……うぎゃァァ!」

 一瞬で両足を膝から切断されて、男は地面に倒れ込んだ。


「な、何しやが……」


 隣の男が言葉を放っている間に、振り抜いた剣の勢いのまま、身体を回して飛び上がったアベルの剣が、男の肩から脇腹へと切り抜ける。


 そのまま、左手で切り裂いた男の上半身を掴むと、近くに居た男に投げつけて怯ませ、その後ろに居た男の眉間をアベルが右手の剣で穿く。


 眉間に剣が突き刺さった時には、アベルの左手は仲間を投げつけられた男の剣を掴んでおり、剣を離した右手が男の肘を叩くと、男に握られた剣が首筋に突き立てられた。



 またたく間に仲間を4人失い、狼狽した残りの3人の男達は、


「に、逃げろ、化け物だぁぁ」

 我先にと街道に出て走り去ってしまった。


「いてぇ……いてぇよぉ」

 両足を抑えてうずくまる男 ── 町でアベルを斬った男 ── の元に、剣を片手に持ったアベルが歩み寄る。


「ま……待て、待ってくれ! あれはお頭に言われてやったんだ! 命令されただけなんだ!」


「お頭って誰だ」

 静かな口調で問い質すアベル。


「お、俺たちは、双蛇の巣のメンバーなんだ!お、お頭ってのは俺たちのボスだ」


「名前は?」


「お、俺の名前は……ぐぁぁ」

 アベルが男の肩に剣を突き刺す。


「ボスの名前だよ」


「し、し、知らねぇんだ! ボスは護衛の仕事を冒険者として受けて、俺たちに襲わせるんだ……ぐぁぁ!! ほ、本当に知らねぇんだ!」

 男が答える間に、アベルが剣を捻る。


「何のために……あの女の子を攫った」

 剣を引き抜きながら、更に問う。


「わ、わからねぇ……ただ攫ってこいとしか…」


「そうか……最後の質問だ。普段は攫った女の子は、どうしてるんだ?」

 アベルが男に問い掛ける。



「なにもしねぇ」

 アベルは、男の目の前に剣を突きつけた。


「た、楽しんだ後で、売るんだ!」



 次の瞬間、男の首は地面に転がっていた。

 アベルは転がった男の首を見ていた。


「こいつらを殺しても……リリィは帰ってこない。双蛇の巣……か」

 静かにアベルが呟くが、


「あっ、血まみれになっちゃったな。落とさなきゃ」


 突然、自分が血塗れな事に気が付くと、アベルの顔に表情が戻った。

 先程までの冷めた雰囲気は失われ、友人と話す時のいつものアベルに戻っていた。



 そしてアベルは、何事も無かったかのように、無残な姿と化した男達を放置して、血を落すために池に向かって歩き出した。

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