アベルの覚醒(アベル)

 

 リリィがガランを去る日。


「じゃぁ……行ってくるね」

「……あぁ」


 アベルが斬られた一件以来、アベルとリリィの間には、何処かギクシャクした空気が続いていた。


「なによ……恋人が遠くに行っちゃうのに、気の抜けた返事」

 拗ねたような顔をするリリィ。


「だ、誰が恋人だよ」

 顔を赤らめながらアベルが反論しようとすると、スっと近づいたリリィがアベルの抱きついた。


「好きだよ……これからもずっと」

 小声でそう言うと、アベルから離れ馬車の方へと駆けていった。


 馬車が過ぎ去るのを見送ったあと……アベルは部屋で1人涙を流していた。


(力が欲しい……あいつを守ってやれるだけの力が……)


 だが、どうすればリリィを守れたのかアベルにはわからなかった。

 ただ、その目は壁に立て掛けられた父の剣を見つめて、力が欲しいと願っていた。



 《クローンからの要請確認…近接戦闘力の向上と判断………亜人、魔物、竜の存在を確認………現状の身体能力値では、不十分と判断。身体の強制改造、及び、身体強化の魔法の作成を開始します》


 アベルは管理者では無かったが、管理者のクローンとしては登録されていた。


 管理者のクローンは、個人レベルで持ちうる色々な望みをナノマシンからのサポートによって得られる様になっていた。


 通常であれば、トップアスリートになりたいと思えば、それを実現出来る身体能力などであった。


 だが、幾度となく作り直された世界には、

 猛獣よりも遥かに獰猛で巨大化した生物である魔物、

 亜人の中でも魔法の因子が濃く持つ魔族、

 食物連鎖の頂点に立つ竜、

 などが存在していた。


 ナノマシンは、近接戦闘によりそれらと戦いうる身体にアベルを作り替え始めたのである。


「ぐっ……うわわあああ!」

 アベルは突如として襲う全身の痛みと発熱に叫びを上げて、次の瞬間、気を失っていた。


 ◇

 ◆

 ◇


「う……ううん……」


「アベル! 気がついたのね!」


 アベルが目を開けると心配そうな顔をしたミーシャ居た。


「あれ?母さん……おれ……」


「良かった。7日間も眠ったままだったのよ」

 ミーシャが泣きながら話し掛けてくる。


「そ、そんなに……ぐっ!」

 アベルは落ち上がろとしたが、関節に残る痛みに顔をしかめる。


「ま、まだ無茶しちゃ駄目よ。ゆっくり寝ていなさい」

 そう言うと肩を抑えてアベルを横にさせた後、おでこに手を当てて熱を測る。


「熱はだいぶ下がったみたいね……とりあえず、今は身体を休めてなさい」

 そう言うと、ミーシャは部屋を出ていった。


 一人になったアベルは、ゆっくりと右手を天井に向けて伸ばす。


 見に入るのはいつもの見慣れた自分の右手……だが、アベルは自分の身体が今までと違うのを感じていた。

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