病の治療(リリィ)

 

 数日後、ローデリックが自宅で食事をすると家族を集めた日、


「り、リリィ様。お、お館様が、食事を一緒に取るようにと……」

 怯えた様子でメイド長がリリィを部屋に呼びに来た。



「はい。わかりました。すぐに参ります」


「は、はい。そ、それでは、失礼いたします……」

 リリィが答えると、メイド長は逃げるように去って行ってしまった。



(そこまで怯えられると、それはそれでやりにくいなぁ)



 ここ数日、メイド長と子爵の長男は明らかにリリィを避けていた。

 それ以外の人は良くも悪くも様子が変わらなかったので、2人は他の人にお風呂場での出来事を言わなかったようであった。



 リリィが席に着いた後暫くして、ローデリック家族が来たのだが、長男の横の席に、前回は見掛けなかったリリィより数歳年上らしき少女が座っていた。



「顔をあわせるのははじめてかな?」

 ローデリックが、その少女に尋ねる。


「はい。食堂でお会い出来るかと思ったのですが、お見掛けしませんでしたので」


 その少女の言葉にリリィは苦笑した。


「紋章が無いとお昼は食べれないので、大抵は中庭で過ごしております」


 話から同じ学校に通っているらしい事を察したリリィは、少し戸惑ったが黙っていても仕方がないと状況を伝える。



「紋章はエヴルー子爵の事もあって与えられないが、代わりのお金を渡していたはずだが?」

 ローデリック子爵は、そう言うと夫人に目を向ける。


「あら? 渡して無かったかしら? すっかり忘れていたようですね」


「……後で私から渡そう」

 どうやらリリィの昼食抜きは、夫人が原因のようであった。


「お心遣い、ありがとうございます」

 うんざりとした気分であったが、顔には出さずお礼を言うリリィ。


「ところで、リリィ……」

「はい」


「ここにいるメアリーは、近頃体調が優れ無いのだが、何かわからないかな?」

「はい?」


 突然の無茶振りに流石に戸惑うリリィ。



「あ、あなた、気は確かですか?そんな平民の小娘に何がわかるというのですか?」


(全くです……突然言われて何を期待してるのやら)

 なんとなくこの件では夫人に同意するリリィ。


「いや、何か気がつく事があればと思ってね」


 どこか試されている気もしたが、何もしないと終わりそうも無いので、立ち上がりメアリーに近づく。


「あ、あの……」

 メアリーが口に手を当てて隠す。


(ん?もしかして…)

 メアリーの様子と食事の内容を確認する。


「大丈夫ですよ……診察ですから安心してください。他の方に見えないように、少しこちらに向きを変えて頂けますか?」


 耳元でそう優しく言うと、メアリーは他の人から見えない向きに椅子を向けて座り直す。


 リリィは、歯茎の出血を確認したあと、スカートを捲る。


「ちょ、な、何を……」

 驚いて声を上げるメアリー。


 リリィの予想通り、太ももには大きな痣が出来ていた。


「子爵様……少し試してみたい治療があるのですが、治療は明日以降になります」


「ほぉ、何かわかりましたか?」


「断定は出来ませんが、恐らくは」

 症状から予想はつくが確証が無い為、リリィはそれ以上言うのを止めた。


 ◇

 ◆

 ◇


 翌日の晩、リリィは小さな小瓶をいくつか用意していた。


「メアリー様。こちらを飲んでみて頂けますか?」

 リリィは、そのうちの一本をメアリーに差し出す。


「そ、そんな怪しげな物をメアリーに飲ませる気ですか?!」

 とんでもないと言いたげな顔で夫人が言い放つ。


「怪しげなものではありませんし、毒味はメイド長に手伝って頂いて済ませてあります」


 予想通りとばかりに返すリリィ。

 夫人がメイド長を見ると、頷くメイド長。


「そ、それでは……す、酸っぱい!」

 差し出された小瓶を少し飲んで、しかめっ面をするメアリー。


「飲みにくいようであれば、こちらを…はちみつで味付けしていますので、もう少し飲みやすいかと思いますよ」


 そう言うと、もう一つの小瓶をメアリーに差し出す。


「あ、こ、これなら何とか……」


「では、こちらを毎日用意しますので…飲んで頂けますか」


「ず、ずっとですか?」


「数日で大丈夫だと思いますが、人によっても差がありますので」


 ◇

 ◆

 ◇


 ローデリック子爵に呼ばれない日は自分の部屋で食事を取っていたので、顔を合わせる機会も無く、小瓶はメイド長に届けて貰うように頼んだまま数日が過ぎたある日。


 コンコン


 リリィが部屋に居るとノックされる。


「あ、あのメアリーです。」


「あ、はい」


 リリィがドアを開けると……突然、リリィはメアリーに抱きつかれた。


「ふ、ふぇぇ!」


「あ、ご、ごめんなさい……」

 慌てて離れるメアリー。


「すっかり身体が楽になったんです!血が出ていたのも止まったんです!」

 そう言って口の中を見せるメアリー。


(あ、良かった……間違ってなかったみたいね)


 メアリーの食事に極端に野菜が少ないのと、口を気に気にしていたので、ビタミン欠乏症……所謂、壊血病かと想像していた。


「そ、それで、私の病気の事でお父様がお呼びです」


 嬉しそうな顔でメアリーが告げるが、娘の病気を治したんだから、怒られることは無いかと思い。


「はい、わかりました」


 そう告げると子爵が居ると言われた書斎へと向かった。


 ◇

 ◆

 ◇


「あぁ、来ましたか。お陰でメアリーの笑顔を久しぶりに見れました」


(女の子には辛いよね)

 壊血病の症状……歯茎からの出血や口臭、そして身体に出来る痣などを考えてリリィは思った。


「いえ、お役に立てて光栄です」


「ちなみに、あれはなんの病だったのですか? 私はてっきり……あの少年を治したように、魔法で治すのかと思ったのですが」


 その言葉で、ローデリックがアベルを治したのを知ってる事を思い出した。


「怪我はともかく病には魔法では効果が無い場合が多いのと……(ビタミン不足って言っても、通じないか)お嬢様のは、病いと言うよりは、野菜をあまりお取りにならないのが原因です」


「ほぉ……野菜ですか」


「はい。肉があまり食べられない平民にはあまり見られないのですが、肉を多くとる貴族様に見られる症状です」


「という事は、完全に治ると言うものではなく、あの飲み物を取り続ける必要があると?」


「いえ、食事で野菜を取れば十分です。あれは、急いで野菜の代わりが必要だったからです」


「なるほど……わかりました。他の貴族の方々も同じ様な症状で悩んでいる方が多いのですよ。ともかく助かりました」


 そう言うと、ローデリックは手を挙げて退室を促す。


「失礼致します」


(やり過ぎた気もするけど……これで助かる人達が居るなら良いよね)


 そんなリリィの想いとは異なり ── その後、ローデリックは、柑橘類を搾ったジュースを薬と称して、多額の利益を得るのであった。

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