孤立無援(リリィ)
「こちらが、今日から皆さんと一緒に学ぶ……リリィです。」
教員が言いにくそうな顔で、リリィを他の生徒達に紹介する。
「どこの家の方?」
「紋章何も着いてないぞ?」
ガヤガヤしだす教室。
ここは本来、貴族の子供だけが通う幼年学校であった。
そして、生徒は胸にそれぞれの家の紋章を付けるのが普通であった。
だが、平民の娘であるリリィには家の紋章などあるはずも無く……胸には何も付けられていなかった。
(あ〜、なんだが嫌な予感しかしない……)
と思いつつ、リリィは笑顔を崩さなかった。
「あ〜、リリィは、ローデリック子爵家に住んではいるが、子爵家のものでは無い為、家名を名乗ることも、紋章を付けることも無い」
「なんだ、妾の子供か」
妾に産ませた子供を通わせる事もたまにあるのを知っていたと思われる男の子が言うと、
「家の名前すら名乗らせてもらえないって認知されていないのと一緒じゃないか」
と隣の別の子が言う。
そう、普通は認知された妾の子は少なくとも学校ではその家の者として扱われるし、認知されない子は、そもそもこの学校に来ていなかった。
その為、家名なしと言うのは非常に珍しい存在であった。
学習の内容は文字の読み書きから、簡単な計算などの他に、社交界で必要になるらしいダンスや挨拶の立ち居振る舞いから、男子であれば剣術や馬術、女子は楽器などがあった。
「次は、男子は剣術、女子は楽器だから、部屋を移動するように」
授業を終えた教官がそう言って部屋を出ると、
「ちょっと、そこの平民」
金髪の少女が取り巻きを引き連れてリリィの元にやって来る。
リリィは、少女の胸の紋章を素早く確認すると、
「これは公爵ご令嬢様」
片膝を着いて挨拶を返す。
生徒同士なので必要が無いのだが、相手の言いようからそうした方が安全な気がしたからであった。
「……」
素早く礼を返されて言い淀む少女。
「あれ、なにしてるんだ?」
そして、学校に似つかわしくない光景に反応する周囲。
「あ、貴方、平民なんだから、全員の楽器を用意しなさい」
(親の権力を使ってみたいのね)
貴族の子供にありそうな欲求かと思ったが、逆らってもややこしくなるだけと思ったリリィは、立ち上がり了承の言葉を返そうとしたが、
「かしこま」「まて!」
男の子の声がそれを遮った。
「相手が平民とは言え、同じく学ぶもののはず。自分の楽器くらい自分で用意したらどうだ。彼女は使用人ではないだろう」
「誰かと思えば……アルバート=ベルゲイン……平民と混ざって土地を耕すベルゲイン男爵の家らしい言い方ね」
彼の家、ベルゲイン男爵領は、公爵領の南に接している穀倉地帯にあり、繁忙期には男爵の家の者も共に働く珍しい家であった。
「領民と共に働く事の何がおかしい!」
アルバートは家が貶されたからか、顔を赤らめて強い口調で言い返す。
「……み、身の程を知りなさい!男爵家の者が公爵家に楯突くおつもり!?」
アルバートに歯向かわれるとは思っても居なかったのか、金髪の少女、カーテローゼ=ランバート公爵令嬢は、少し震え気味に言い放つ。
「……っ?! ここでは家」「お待ちください」
リリィがまずいと思い、アルバートとカーテローゼの会話に割ってはいる。
建前では生徒同士は平等となっているが、実際は身分の差があったのである。
「人数分の用意もたいした手間ではありませんから(全員分と言っても6人しか居ないしね)」
「そ、そうか……何かあったら力になるからな」
そう言うとアルバートは部屋を出ていった。
(男爵家が公爵家に刃向かえるとは思えないけど……騎士道ってやつかしら)
現実の不条理を理解できない歳とは言え、騎士らしい振る舞いをしようとする男の子を微笑ましく思うリリィであった。
(あ、楽器準備急がなきゃ)
パタパタと慌てて飛び出すリリィの後ろ姿を、カーテローゼとその取り巻きが苦々しく見ていた。
◇
お昼休みの昼食時、リリィは食堂に来ていた。
(どうやって頼むのかな?)
食堂の仕組みが分からず入り口でキョロキョロしていると、何人かの女子達が後ろから横を通り過ぎる。
「アルバート君の話聞いた? 剣術の試合で上級生にも勝ったんですって」
「うんうん、聞いた。男爵家の跡取りなんでしょ? 私は次女だから、正室に貰ってくれないかなぁ」
(アルバート……あの騎士くんか。モテるんだねぇ〜この年だと運動出来る子はモテるしね)
そんな事を考えていると、その少女達が職員らしき人に話し掛けて札を貰っていく。
(あそこで頼むのかな?)
「すいません。今日来たばかりなのですが、ここで食事を頼むのでしょうか?」
リリィはその職員に話しかける。
「はい、そうですよ……」
と、職員は胸の紋章があるべき箇所に目をやり言い淀む。
「お代はお家の方から払われるのですが……」
(あ、紋章が無いと……請求出来ないのか)
「えっと……今払うことは出来ますか?」
「銀板2枚になりますが……」
銀板2枚…2000ディール……平民の家であれば、家族全員が数日食べられる金額である。
「あ、あははは……また来ます」
困った顔をする職員に苦笑いをしながら告げると、リリィは食堂を後にした。
(お、お昼も食べられない……のね……世知辛い世の中)
◆
中庭で時間を潰して教室に戻ったリリィが目にしたのは……破られた教材が散乱している自分の席であった。
(な、何事……)
教室を見渡すと、カーテローゼとその取り巻きの少女達が面白いものを見る様な、いやらしい笑みを浮かべながらリリィを見ていた。
(十中八九彼女たちなんだろうけど、問い質してもシラを切るんだろうなぁ)
「ど、どうしたんだ、これは!」
後ろからアルバートが叫ぶ。
「誰がやったんだ!このような振る舞い卑怯とは思わないのか!」
「い、いや、大丈夫ですから……」
慌ててリリィが宥める。
「本が無くては困るだろう。そうだ、私の隣に座ればいい。見せてあげよう」
(て、天然なのか? イケメンなのか? でも、余計に事態を悪化させそうな……)
リリィの考えの証明をするかのようにカーテローゼ一行からの視線が突き刺さる。
「お、覚えているので大丈夫です。ありがとうございます」
それだけ言い残して、リリィは急いで机の片付けを始める。
「そ、そうか……」
「へぇ〜、流石に平民なのにここに来る天才さんは優秀ね〜。たった半日で1年分を覚えたですって」
嫌味のようなカーテローゼの声が聞こえるしが、事実、リリィは午前中にパラパラと見て内容は覚えていた。
だが、何を言っても無駄なのだろうと思ったリリィは、何も言わずに大人しくしている事にした。
だが、そんなリリィの考えや才能とは全く関係無く……目立つものは叩かれるものらしく、学校での孤立無援は悪化していくのであった。
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