青年の悪巧み(リリィ)

 

 食事のあと、お風呂に呼ばれたリリィは湯船に使っていた。


 この世界では水道が普及していない為に湯船は珍しく、平民の場合は大抵が水浴びをする程度であった。



「ここにあと10年……無理……マスターに会いたい……」


 ガランの町を離れて3日、公都について初日だと言うのに、早くも帰りたくなっているリリィであった。



「でも、帰っても住むところが無いか。

 マスターの家に押しかけたら迷惑かけるし、駆け落ち……には若過ぎよね。

 はぁ、もっと大人になるまで大人しくしてるんだった……って、攫われそうになったのは、私のせいじゃないし、どうしろと?」



 ブツブツと独り言で愚痴を吐いていると、外からメイド長と青年らしき声が聞こえてくる。


 ドア越しで、しかもかなりの小声だったが、リリィの聴覚にはハッキリと聞こえていた。



「あんな平民の小娘を相手にしなくても……」


「なんだ? 嫉妬か? 安心しろ後でいつものように相手をしてやる」


「ち、違います! 若様は貴族なので、平民などと触れ合うなど穢れてしまいます」


「ははは、そうか。

 それならば後で貴族の家から来たお前で消毒しないとな。それに、これは平民に身の程をわからせる為に必要な躾なのだ。

 お前だって平民が平然と席につき食事をしているのを見ているのは嫌だったろう?」


「そ、それはそうですが……」


「あの娘が泣き叫んで喚く所をみたいと思わないか?」




 何やら怪しげな会話が聞こえてくる。

(ちょ、ちょっと……6歳児相手に、何するつもりよ)




 そう思っていると、鍵が開けられドアから青年が入って来た。

 ドアの後ろにはメイド長がいて、リリィを睨んでいた。


 咄嗟にリリィは、湯船に肩まで潜りながら胸を隠した。


「おや? 一緒に風呂に入って仲良くしようかと思ったんだが?」


「ご、ご冗談が過ぎるかと思います。貴族の方々と私の様な平民では住む世界が違っているかと」


「ほほぉ、身の程がわかっているようだな。おかしな事を考えているのは父だけか」


「あ、明日には、出ていきますので……」


 リリィの声に答えず、青年の視線がリリィの身体を上から下へと動く。



(し、視線が、なんだか嫌……)

 ただ見られているだけだが、その視線は身体にまとわりつくように気持ち悪さがあった。



「胸も膨れていない幼女の何が楽しいのかと聞いては居たが……若いだけあって綺麗な肌だな、一度試してみるのも一興か」


 そう言うと青年は湯船に近づいてくる。



(い、いや……)

 生理的な嫌悪感から身を縮こませるリリィ。



「ふん。その様子だと何をするのかわかっているようだな……父上は否定していたが、案外身体で父を誑かしでもしたのか?

 だが、残念だったな。父は先程出掛けたよ。どれ程喚いても誰も助けになんか来ない……さぁ、諦めろ!」


 青年が腕を掴んでリリィを湯船から引き上げる。



(作り物の身体でも……こんな奴に触られるのは不愉快だわ……)


 リリィの身体から力が抜け、湯船の中で視線を落としたまま立ち尽くす。



「どうやら、諦めたようだな」


 そう言いながら上着を脱ぎ出す青年に向かって、リリィはゆっくりと右の手の平を突き出した。

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