ローデリック子爵家(リリィ)
翌年の春。
リリィはローデリックと共にランバート公都領の公都に居た。
「リリィさん。今日から、こちらが貴方の住まいになります」
ローデリック子爵の屋敷は中庭があり、ガランの領主の館にも引けを取らない物であった。
いや、町の繁栄具合を考えると、ローデリック子爵の館の方が遥かに費用が掛かっていたかも知れない。
館の正面についた馬車を迎えたのは執事と数名のメイドであった。
「旦那様……そちらの子が?」
執事が問い掛ける。
「えぇ、今日からこの家に住まわせる事になったリリィです。部屋の準備は出来ていますか?」
眼鏡をしたメイド長が一歩前に進み出て言う。
「はい。お部屋は2階の角部屋に用意してございます。あの……お名前が……」
「あぁ、リリィは平民の娘さんなので、姓は無いのです」
その言葉を聞き、怪訝そうになるメイド長。
「畏まりました。メイドとしてでは無く、普通のお客様としてで宜しかったでしょうか」
執事が主人に確認をとる。
「えぇ、メイドという訳ではありません。この家から学校に通うだけです」
「畏まりました」
そう言うと、ローデリックは執事と共に館の中に歩き出す。
「リリィ……様は、こちらに。お部屋にご案内します」
メイド長がリリィに声を掛けて2階のリリィの部屋に案内する。
リリィの部屋はベットに机……そして、様々な本が本棚に置かれた部屋であった。
リリィが部屋の中を見ていると、
「どうやって旦那様に取り入ったのか知らないけど、平民があまり調子にのらない事ね」
それだけ言うとメイド長は去っていった。
彼女は騎士爵位を持つ家の3女で有力な嫁ぎ先も無かったが、平民の中で生きるのも嫌だった為、伝手でローデリック子爵家でメイド長として働いているのであった。
乱暴に閉められた扉を見ながら、リリィは思うのであった。
(どうしてこうなったんだろう……)
◇
◆
◇
その日の夕食は、ローデリック子爵の家族と一緒だった。
広いテーブルの片方にローデリック子爵、そして、離れた反対側にリリィの席が用意されていた。
食事は、平民の実家では考えられない程のかなりの品数が並んでいる。
「どうですか、リリィ。貴方がこの家に来たお祝いに作らせて見たのですが」
「……ありがとうございます。お気遣い嬉しく思います」
やたらと品数が多いのはローデリックからのお祝いらしかった。
テーブルの上座……所謂お誕生日席に座るローデリックの右側の座っていた女性……子爵夫人がワインを飲みながら不愉快そうに口を開いた。
「こんな平民の娘を家に住まわせるなんて、何をお考えですの?」
夫人の向かいに座る青年がそれに迎合する。
「全くです。父上、この娘はいつまでこの家に?」
「学校が終わるまでだから、15までの予定ですよ」
二人の不愉快さなど気にした風も無く、ローデリックが答えた。
「15まで! 10年近くこの家に置くつもりですか? 必要ならさっさと、メイドにするなり、妾にするなり、すればいいではありませんか!」
ローデリック子爵には貴族として普通に妾が何人か居たが、正室の夫人以外は貴族の出身では無かった為、本館に住むのは正室の夫人と夫人が産んだ子供たちだけであった。
「彼女は大変な才能をお持ちなのです。それに妾にするには幼すぎます」
「あら、そうですの? てっきり普通の女に飽きて、幼い娘に興味を持ったのかと思いましたわ」
汚らわしい物を見る目で夫人がリリィを睨む。
(い、居心地悪い……望んできたわけじゃないのに、私にどうしろって言うのよ)
「いや、私はそんな趣味はありませんよ」
「では、将来の妾候補ですか?」
夫人のやり取りを青年が引き継ぐ。
(な、なんだろ……この人達は、そんなに私を妾にしたいの? って、なんだか嫌な目で見られてるし)
青年の品定めをするような視線に気が付いたリリィは、目を伏せ気味にして見ないようにした。
「違いますよ。彼女の家の経済力では、彼女の才能を活かしきれないので……そうですね、将来への投資……みたいなものでしょうか」
そう言いながら周囲の様子を伺ったローデリックは、
「ですが……この館より離れの方がリリィにとっても良さそうですね」
(はい。是非そうしてください……寧ろ、先にご家族に話を通しておいて下さい…)
リリィは、夫人の見下すような視線と、青年の舐るような視線が気になって、食事の味もよくわからなかった。
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