理不尽な現実

 

「し、死んじゃうかと思ったんだから!」

「悪い……リリィが切られそうだと思って、慌てて飛び出したら、斬られたみたいだ」


  アベルは戸惑いながらも泣きじゃくるリリィの頭を撫でる。




「これはなんの騒ぎだ」


 そこに騎兵を引き連れた、豪華な馬車が姿を現した。

 騎兵がアベルの横にへたり込むミーシャを問い質す。


「わ、わかりません。物音がしたと思ったら、息子が倒れていたので……」


 ミーシャが騎兵の男に答えた。



「門を駆け抜けようとした馬車を止めようとしたのですが……突然横転し、馬車の男がそこの子供に斬りかかりました」


 門番をしていた青年が答える。

 説明を聞いた騎兵の男は、何か言い返えしそうな素振りを見せたが、



「おや、そちらのお嬢さんは雑貨屋の娘さんですか?」


 馬車からローデリックが降りてきて、リリィの姿を見かけ声を掛けた。



「それで、切りかかった男と言うのは?」

 ローデリックが門番に問い質す。


「今追っております」


「そうですか。それはともかく…怪我がたいした事が無くて何よりです」


 血塗れのアベルの背中に違和感を覚えながら、ローデリックが言った。



「それが……瀕死の重傷かと思ったのですが、そこの女の子の魔法であっという間に」


 門番の言葉に目を少し細めてリリィを見るローデリック。


「魔法ですか……瀕死の重傷を回復させる魔法を、この年で使えるのですね」




 そこに開けたままだった馬車の扉から、ローデリックより更に裕福そうな服装の男が降りて来た。

 その男は、この町の領主ハインツ子爵であった。


「ハインツ子爵。この子がお話した娘です」


「ほぉ……この町に頭だけでなく、魔法の才能まで持つ者が居たとは。

 憲兵! 関係者から話を聞き報告せよ! それと、その子供ら両親は、子供と共に明日館に来るように!」


 それだけ言うと領主は、ローデリックと共に馬車に戻り、その場を立ち去ってしまった。




「り、リリィ! あんた何をしでかしたんだい! 貴族様だけじゃなく、領主様にまで目を付けられるなんて……」


 半ば錯乱状態のリリィの母親がリリィを怒鳴る。まさか、自分の心配をせず怒鳴られると思ってなかったリリィは、驚いて言葉を失う。


「リリィは何も悪く無いじゃないか」


 思わず、リリィの母親に反論するアベル。


「お使いを頼んだだけの筈なのに……

 いきなり馬車がひっくり返って何かと思ったら、こんな騒ぎを起こして。

 この町で領主様に目をつけられて、どうやって生きてけっていうんだい?!」


 リリィの母親は、全てリリィが悪いと言わんばかりの態度だった。



「いきなり切り掛るさっきの男達が怪しいじゃないか! リリィが騒ぎを起こした訳じゃない!」


 アベルは声を荒らげて言い返す。


 だが、


「そこまでだ。話はこちらでそれぞれから聞かせてもらう」


 言い争う二人を、馬車に従って現れその場に留まっていた騎兵が止めた。




 翌日、領主の館には……領主とローデリック、そしてリリィとリリィの両親、アベルとアベルの両親の姿があった。


「つまり人攫いにあって逃げようとしたが、知り合いが怪我を負ったから、魔法で治したと」


 領主がリリィに問い質す。


「はい」



「魔法には詳しくないが、門番が言うには瀕死の重傷を瞬く間に治したらしいな……魔法は何処で習った?」


「わ、私が教えました」


 ミーシャがゆっくり手を上げながら答える。



「この年でそんな魔法を使えるなんて話は、聞いたことも無いが?」


「はい……普通は、長年修行をしても、あれ程の事は出来ないのですが……リリィちゃんは才能があるのだと思います」



「あ、あんたがうちの子に余計な事を教えたのかい?」


 リリィの母親がミーシャを睨む。


「よ、余計な事って……」


「まて。別に今回の事を咎めるつもりは無い」


 領主が手を挙げて、言い争いになるのを制する。


「だが、それ程の才能があるなら、埋もれさせるのは、我が領地の損失であろう。特別に公都の学校に口を聞いてやるから、力を付けて我が領地の発展に活かせ」


 領主が勝手に自分の意見を決定事項の様に言った。



(公都……アベルと離れ離れになっちゃう)

 リリィは内心慌てた。自分だけが公都に行くのでは、何のために人の姿になったのかわからない。



「お、恐れながら……領主様が気にかける様な才は私にはございません。あの時は無我夢中で、たまたまでございます」


 領主の機嫌を損ねるのはまずいと、丁寧な言葉で意見を言うリリィ。



「ほう……年端も行かぬ子供とは思えない言い様だな。

 ローデリック子爵から話を聞いた時は信じられなかったが、本当に頭も良いようだな」


(これは、不味ったか)

 子供らしい態度にすべきだったかと、内心舌打ちするリリィ。



「あの……領主様」

「なんだ?」


 リリィの父親の言葉に反応する領主。



「先日、そちらの子爵様にも言ったのですが……うちにはそんなお金は……」


「学校などに掛かる費用は、こちらで出す」


「それは有難いのですが、うちには下の子供も居ますし、店番を任せられるリリィが居なくなると働き手が……」


 リリィには下に1歳の弟が居たが、上の姉も居たので、店番だけなら困らない筈であった。

 だが、リリィの父親は媚びた笑みをしながら、領主を見ていた。



 そんな様子をアベルの両親は驚いた表情で見ていた


「……そうか。なら、学校に行かせている間は、月に金貨5枚をそなたらに渡そう」


「ありがとうございます」


 卑しい物を見るような表情をした領主が言うと、笑顔でお礼をリリィの父親が述べた。


「わ、私は行きた……むぐっ、んん!」


 言いかけたリリィの口を母親が抑えて黙らせる。



「……娘をよく説得するのだな。帰って良いぞ」


 それだけ言うと、領主とローデリックは立ち上がり部屋を出ていった。



「なんで私が公都に行かなきゃ行けないのよ!行きたくない!」

 リリィの反発に少し驚いたが、勝ち誇った顔で母親が言う。


「行かなくてどうするんだい。この町に居れば領主様に見つかる。

 他の方法たって、公都のスラムにでも住むのかい? その年じゃ身体を売ることだって出来やしないし、何より公都に行くなら一緒だろ?」


「そ、そんな言い方を自分の子供にしなくても……」


 あまりの言い様に口を挟むミーシャ。



「冒険者様にはわからないだろうけど、私ら平民は貴族様に逆らって生きては行けないんだよ。

 この町じゃあまり無いけど、他の村に行けば食い扶持を減らす為に子供を奴隷に売るなんて珍しくもないんだから」


 その言葉にカインとミーシャは黙り込む。

 彼等は口減らしで奴隷として親に売られた後に逃げ出して冒険者になった過去があったからだ。


「ごめん、リリィ。俺がもっと強ければ……」


 ずっと俯いていたアベルがぼそっと言った。


「アベルのせいじゃないよ」


 そう答えながらリリィは、私が最初から手を抜かなかったら、こんな事にはなって無かった。そう後悔した。



 屋敷を出て前を歩くアベルの後ろ姿を見ながら、


(いっそのこと、領主をなんとかしてしまおうか……)


 アベルと引き離されてしまう位なら、と物騒な事を考えてしまうリリィだが、アベルに迷惑を掛けてしまうと思いとどまる。


 なんせリリィは兎も角、アベル自体は少し力が強いだけの普通の人間だ。


 5歳と言う年齢で親元を離れて駆け落ち……を選ぶとは考えにくい。


「ねぇ、アベル」

「うん?」

 アベルが弱々しく答える。


「ふたりで……逃げよっか」


 アベルは、リリィのその言葉に少し戸惑いながらも


「子供がふたりでなんて無理に決まってる……」


 そう答えた。


(そうだよね)

 落胆するリリィに、アベルは言葉を続けた。


「でも……きっと迎えにいくから」


「……うん!」


 アベルが迎えに来てくれる。それなら、少しくらい離れ離れでも、愛を育むと思えば我慢できる。


 そう考えて、リリィは公都行きを受け入れる事にした。

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