誘拐事件
「あの娘ですか」
数日後、ガランの町に怪しげな男達が入り込んでいた。彼等は、物陰から店先で店番をするリリィを監視している。
「ここだど、人目についてすぐに憲兵が来てしまうな。一人になるのを待つぞ」
リーダーとおぼしき男が周りの男達に言う。
そして日が傾き出した頃、リリィがいつもの様にアベルと遊んで帰って来たところで、リリィの母親が籠を差し出した。
「リリィ、ちょっと町外れまで配達に行って来て頂戴」
「はーい」
リリィは籠を受けとると、そのまま町外れに向かった。
町外れには屠殺場があり、周囲に住居が少なかった。
墓場などは町の外に作られて居たが、血の臭い等で獣を呼ばない様に、牛舎や屠殺場などは町の外れに作られていたのだ。
「この辺りなら大丈夫だろう。おい、誰か門の近くに馬車を回してこい。娘を攫ったら、すぐに町を出るぞ」
リリィをつけていた男の一人がその場から離れた。
(ミーシャさんが見せてくれたけど……水魔法の治療って要するに血液を操作して止血するとかが基本っぽいわね……光魔法にも治療があったけど、何が違うのかな? 試せばわかるんだろうけど、いきなり使ったら変だろうしなぁ)
リリィは、最近見せて貰った魔法の事を考えながら、町外れを歩いていた。
町外れ近くになり周囲の人通りがなくって来たその時、突然、物陰から男が飛び出して来た。
「えっ?な、何?」
男はリリィの口を左手で抑え、物陰に引きずり込む。
「んん!」
男が慣れた手際で、素早くリリィに猿ぐつわを付ける。
(いきなり何すんのよ!!)
魔法を使おうとしたリリィだったが、住民が唖然として見ている姿を視界に捉えた。
(人目が……騒ぎは拙いかな)
躊躇した次の瞬間、バサっと頭から袋を被せられた。
「急げ!」
馬車の音がしたと思ったら、投げ込まれて荷台に強かにぶつかる。
「ぐっ!」
視界を奪われて混乱している間に、リリィを乗せた馬車が乱暴に走り出した。
(な、なに? 人攫い? でも、人が見ていたからすぐに捕まりそうね)
自分が何もしなくても事態が解決しそうと思ったリリィは自重する事にした。
「な、なんだ!あぶねぇ」
馬車は町の中を飛ばしているらしく、ぶつかりそうになった住民の怒号が聞こえて来る。
「門番がいやがる! どうします!?」
「構わねぇ! 門は開いているんだ、そのまま突っ切れ!」
(ちょ、ちょっと!構う、構う、構うわよ!)
流石に、町の外に連れてかれるのは拙いと思ったリリィは脱出を試みる。
(いたっ、いたっ)
激しく揺れる馬車の中で、荷台で何度も身体をぶつけるリリィ
(さっきから痛いのよ!でも、お陰で地面の方向はわかるわ!)
「んんっんん!(氷の槍:アイスランス!)」
車輪の音が聞こえる方に向かって、詠唱を端折って魔法の名称だけで発動させる。
本来なら、正しい呪文の詠唱が必須のはずの魔法が、その条件を無視して発動した。
突如作り出された水が、瞬時に槍状の形に形を変えて氷の槍を作り出す。
「なっ、魔法! ばかな! 口は塞いだはずだぞ!」
次の瞬間、氷の槍が車輪を破壊し、馬車は……激しい音と共に横転していた。
「いったたた……走ってる馬車をいきなり止めるのは無茶だったかな」
衝撃で袋から抜け出したリリィの背後に、一人の男がゆっくりと近づき、剣を振りかざした。
「こ、この化け物め!!」
「リリィ!」
突然、リリィは誰かに突き飛ばされた。
「きゃっ」
次の瞬間、リリィの目には男が振り下ろした剣と、背中を切られて地面に横たわるアベルの姿が映っていた。
「あ、アベル……どうして……」
リリィは、何故アベルがここにいるのかわからなかった。
わからないが、アベルが斬られて血を流している。
さっき、自分を突き飛ばして庇ったのは……アベルだ。
ふと近くにアベルが住む宿屋が目に入った。
たまたま自分が馬車を止めた場所が、アベルの家の近くだったからだと気がついた。
いや、たまたまじゃない……アベルの家は宿屋をやっているから、門から近い。
リリィは、何故そこまで考えなかったのかと後悔した。
その時、宿屋からアベルの母親のミーシャが飛び出して来た。
「アベル!」
普段の落ち着いた印象からは想像が出来ない強ばった表情をしたミーシャがアベルの側に駆け寄る。
「■■■……癒しの水:アクアヒーリング」
詠唱込みの魔法を唱えてから、ざっくり斬られ血塗れになったアベルの背中の傷に手をかざすと、淡い光がミーシャの手から現われアベルの傷を覆うように光る。
「ちっ!逃げるぞ!」
リリィを攫った男達は、拙いと思ったのか一斉に門の方に走り出した。
(逃がさない!)
その男達の様子に、我に返ったリリィは男達を追いかけようとしたが……
「ごふっ……」
アベルが口から血を吐き出した。
どの臓器が損傷しているのかわからないが、それはかなりの量の血だった。
「ダメ……リリィちゃん、手を貸して! アベルが!」
ミーシャの声にアベルを見ると、アベルの顔色が真っ青になっていた。
「ど、どうして……治癒魔法は効いてないんですか?!」
「傷が深過ぎるの! 血を止めるのが精一杯なの!」
背中の出血は辛うじて止まっていたが、傷が肺に達して呼吸が出来なくなっていたのだ。
それに肺の傷はまだそのままだった。
このままでは直にアベルは死んでしまう。
(私が自重なんてしなければ、こんな事には……マスターは死なせない!)
リリィは、ミーシャの反対側に座ると、おもむろに両手の手をアベルにかざしながら
「癒しの水:アクアヒーリング! 癒しの輝き:ライトヒーリング!」
「む、無詠唱……の、同時発動……」
ミーシャの呟きを無視して、リリィは考える。
(光魔法は体細胞の活性化での治療……それなら医学知識があれば効率を上げられるはず……絶対に死なせないんだから!)
左手に生み出した水魔法の力で、止血と肺の出血した血を除去しつつ、右手に肺細胞の修復を並行して行っていく。
(知っている魔法の範囲でいいから手を貸しなさい!)
アベルの体内にもあるはずのナノマシン達に向かって命じた。
《要請を受諾。設定最大値での事象発現を行います》
次の瞬間、リリィの手の輝きが比べものにならない程増したと思ったら、まるで時間を巻き戻すかの様にアベルの傷は瞬く間に塞がっていった。
「す、凄い……」
「リリィ……あんた……」
いつの間にか、周囲には人だかりが出来ており、その中にリリィの母親の姿もあった。
「リリィ……無事か……」
ゆっくりと起き上がったアベルがリリィに聞いてきた。
「ぶ、無事じゃないわよ……心配したんだから……」
その目から大粒の涙を流しながら、リリィはアベルに抱きついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます