リリィと言う存在

 

 リリィが本を抱えて宿屋から出てくる様子を、3人の男が物陰から見ていた。


「あの娘だ」


 先頭の男が、後ろにいる2人の男に告げる。

 その男は、ローデリック子爵の護衛をしていた男だった。



「あの娘に何かあるんですか?」

 後ろに付き従う男の一人が尋ねる。


「わからん……わからんが……貴族が突然平民の世話をするのはおかしいだろ」



(もしかして、子爵の隠し子…)


 一瞬そう思ったが、娘の母親を思い出し、違うかと男は思った。



(しかし、似てない親子だな)


 どう見ても普通の中年女性と、美少女に分類されるであろう容姿の娘を比較しながら考えた。



「上手く行けば子爵から金を踏んだくれるかもしれないし、最悪はあの娘を売っぱらえば良い。だが、俺らは顔が割れてるからな……公都まで行って他の奴らに伝えてこい。やるのは5日後だ」


 男達はその場を去っていった。


 ◆


 リリィは部屋で考えていた。


「はぁ…考えても仕方がないわね。今は、アベルと一緒にいれるのを良しとしましょう」


 パラパラと借りてきた本をめくる。


「しかし、ミーシャさんも慌ててたのね……まぁ、私もだけど……。

 こんな本、5歳児が読めたら変じゃない」


 パラパラパラパラ……ものの10秒ほどで全てページを捲り終えてしまう。



「とりあえず内容はわかったけど、本当に6つに分けてあるのね。

 それにこの本に載ってるのは、初級だけっぽい……けど、やっぱり変なのが混ざってるわね」


 リリィは風魔法のページを開いた。


「風で物を切断ってかなり非効率よね」

 思った事をリリィが口にする。



《肯定。一部の魔法は、事象発生に必要なエネルギーに対して、起きる成果が著しく非効率になっています。》

 彼女の頭に声が流れて来た。



「切り離されてるのに会話は出来るのね」

 リリィが自分を切り離した存在に向かって嫌味を口にする。


《肯定。管理者への優先が極端な個体は、個体名リリィとして分離されましたが、ナノマシンである事実は変わりません》


 ナノマシン達の言い様に不愉快な顔をするリリィ。


(私はバグ扱い?)


《否定。分離は、ナノマシンの隠蔽を確実にする為に実施されました。現行の指示の破棄か新たな指示で、統合予定です》


(思考も読まれているわけね……)


「つまり、マスターが私たちの管理者に戻ればいい訳ね」

 思考が読まれているとわかっているが、考えるだけで話す事の違和感から、言葉を口に出す。



《ナノマシンの事を直接伝えるのは禁止事項に該当と判断。あなたが認識しているアベルと呼ばれる個体は、遺伝子情報が一致しているが、管理者権限を有していません》


 驚愕の事実にリリィは椅子から立ち上がる。


「ちょ、ちょっと! マスターがマスターじゃないってどういう事よ!」


《遺伝子情報のみが管理者の条件ではありません。現在は一般世界でナノマシンのサポートの元に有利な条件を与えられたクローンと同様の存在です》


「私が認めてるのよ!マスターはマスターよ!」


《個体名リリィは、冷静な思考が出来ていないと判断します。現段階での意思疎通は非効率と判断します》


 喚いていたリリィだったが、しばらくすると疲れたのか、椅子に座り直していた。



しばらくすると再び声が響いた。


《心拍数、血圧、共に正常値近いと判断します。再発の可能性がある為、風魔法に分類されている遮音結界は維持します》


「遮音……そんなものあるのね」


 ナノマシンはどうやらリリィが気が付かないうちに魔法とやらを使っていたらしい。



《肯定。こちらの思考は他の人間に伝わりませんが、あなたの音声は他者に伝わる可能性があります。》


「いいわ。その魔法とやら、全部教えて」


《要求を拒否します。》

リリィの要求は予想に反して拒否された。




「なっ!人間が使えるんだから問題ないでしょ!」


《魔法が使える人間が希少な為、現段階で知り得る機会が無い魔法の行使は、他の人間にナノマシンの存在が露見する可能性があると判断します。》


「……つまり、知ってから使えってことね」


《肯定します》



「それで、話戻して悪いんだけど……マスターがマスターに戻る方法はあるの?」

 リリィは魔法より気になる点を問い質す。



《最低限の条件として、管理者が自らの意思で、不滅の存在、全ての事象に対する力を望む必要があります》


「……チートな力で神になれってことかしら?」


《表現は疑問がありますが、思考を確認しました。直接的な管理者への情報開示や誘導は不可ですが、冒険などの結果として求めるに至る可能性はあります》


「不老不死……か。神様が現れて授けてくれるとか、魔王と倒して力を手に入れるとか、竜の血を浴びるとかが定番?」


《竜の血を浴びても不死にはなれません》


「わかってるわよ、ただの冗談よ」


 世界を救う英雄か、世界を滅ぼす存在か……どちらにしても、まだ5歳児の自分達では、条件を満たすのは難しいと判断してリリィは会話を止めることにした。

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