リリィの愛情表現

 宿屋の1階にある両開きのドアから、黒髪の可愛らしい女の子が顔を覗かせる。


「おじさん、アベル居ますか?」

 近所の雑貨屋に住むリリィであった。アベルの数日後に産まれたの女の子だった。



 いつからか覚えていないが、いつの間にか彼女は毎日お昼過ぎのお客が引いた頃に、アベルを誘いに来る様になっていた。



「あぁ、水汲みに行ってるから、すぐに戻って来ると思うよ」

「はい、どうぞ。ここに座って待っててね」


 アベルの母、ミーシャがテーブルにコップを置いた

 お昼時も終わったので、お店にお客は居なかった。


「ありがとうございます」

 リリィはミーシャに笑顔でお礼を言いながら、コップが置かれた席に腰掛ける。




「水汲んできたよ〜」

 アベルが扉から入って来る。


「あぁ、すまないが、奥の調理場に置いといてくれるか」

「うん、わかった。ちょっと置いてくるよ」

「うん、待ってる」


 リリィに声を掛けるとアベルはカウンターの横から奥の調理場に瓶を運んでいった。



 ミーシャが、リリィの隣の席にアベルのだろう。別のコップを持って来た。


「ミーシャさん……アベルは、学校に行くの?」

「幼年学校には行かせるわよ? リリィちゃんも行くでしよ?」


 ミーシャにリリィが問い掛ける。


「ううん、幼年学校が終わったあと、どうするのかなって思って」


「う〜ん、アベルがやりたい事をすれば良いと思うけど……リリィちゃんは学校に行きたいの?」


 リリィの頭の良さは町では有名だったので、その評判はミーシャも知っていたのだ。




「リリィは幼年学校の後も、学校に行くのか?」

 調理場から戻ってきたアベルが話に入ってくる。


「アベルは将来の事とか考えたことある?」


「ん〜幼年学校の間に決めようかと思ってるけど、冒険者になって色んな所を旅してみたいな」


「じゃぁ、私も冒険者になってついて行く!」

 目を輝かせてリリィが宣言する。



 普段は大人のような落ち着きがある彼女であったが、アベルにだけは、あからさまな好意を向けて続けていた。



「相変わらずモテモテだなぁ」

 ニヤニヤとしながらカインがアベルをからかう。


「お、お前は頭もいいんだから、学者や商人とかだろ!」

 顔を赤らめてアベルが怒鳴るように言った。


「アベルが学者さんや商人になるなら、それでもいいよ?」



 カインとミーシャは、楽しそうに2人をみていた。


 この手のやりとりは、しょっちゅうだった。だが、アベルがリリィと遊ぶのを止めないから、本気で嫌がってないのはわかっていたから、いつものやり取りと見守っているのだ。



 そんな二人を見ながら、アベルの父親カインが妻のミーシャに語りかける。


「なぁ…これくらいの歳だと、まだ恋愛とかじゃないよな?」


「そうかなぁ? 男の子のアベルはともかく、女の子は心の成長早いから、好きとかあってもおかしくは無いんじゃないかな?

 まぁ、流石に早い気もするけど、リリィちゃんって何だか大人びたところあるから」



 年齢を考えると若干の違和感を感じながらも、数年もすればおかしくなくなるから良いかと思う2人であった。



「お、俺がどうするかとかじゃなくて、リリィはリリィのなりたい者になれば良いじゃん。それに頭が良くたって冒険者には足でまといだぞ?」


「そんな事ないもん! 魔法たって使えるもん!」


「「「えっ?」」」

 突然の発言に驚く3人。


「リリィちゃん、魔法使える…の?」


 そして、自身も冒険者の時に魔法を使っていたミーシャがリリィに聞く。流石にリリィの年齢で魔法が使えるなんて聞いたことも無かった。


 頭が良い方が魔法の習得には有利だが、魔法は頭が良いだけで使えるものでは無いのだから。



(し、しまった……マスターと話しているといつも調子が狂う)

 思わず、アベルの言葉に反応してしまったが、流石にまずいと思ったリリィは誤魔化す方法を考える。


「えっと……冒険者になる年には使えるようになってる予定です」


「……ぷっ、あははは……そっか、うん。リリィちゃんならなるかもね」


「な、なんだよ予定って……そんな簡単に使えるなら皆使ってるだろ」



 魔法の習得には呪文を覚える必要もあるが、それ以上に魔法によって引き起こされる事象をイメージする必要があった。


 ただ呪文を唱えただけでは何も起こらない。その普通を、繰り返しイメージする事で自分の常識を塗り替えて行く作業が必要であった。


 そしてそれには導く師匠について長い時間を掛けて身に付けるのがよくある魔法の習得方法だった。



「そっか……じゃぁ、おばさんがリリィちゃんに魔法を教えてあげよっか?」


「はい!お願いします!」

 ミーシャの言葉に即答するリリィ。



 そんなミーシャとリリィのやり取りを聞いたカインは、

「じゃぁ、アベルには剣を教えるか」


「えぇ? なんで俺まで?」


「冒険者になるんだろ?」


「まだ、なるって決めたわけじゃ……」


「まぁ、どうせもう少し身体が出来たら身を守れる様に教えるつもりだったからな。ちょっと予定が早まっただけだ、気にすんな」


 そんな流れから、アベルは剣を、リリィは魔法を学ぶことになった。

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