アベルとリリィ

 

 ロタール王国の東の国境付近にガランと言う町があった。周囲を3メートル程の木の壁に囲まれた人口300人ほどの町だ。


 町の周囲には畑なども多少はあるが、基本的に住民が生活するのは壁の内側だ。



 だが、壁に囲まれているのは、特にこの町が変わっている訳ではなかった。


 世界には体長10数メートルの爬虫類や、強靭な爪や牙を持つ獣、人間を忌み嫌う亜人が存在してるので、戦う力の無い人間は大抵が壁に囲まれた町や都市を作り、その中で生活をしていた。



 そんな世界でも壁の外で生きる者達もいる。


 その一つは王国の騎士団。

 選ばれた者が集う騎士団は、町と町を繋ぐ街道を巡回しており、その為、街道周辺は比較的安全であった。


 もう一つが冒険者。

 壁に囲まれた町だけでは資源が足りなくなる為、町周辺の危険な生物の討伐、採取や鉱石などの発掘の護衛など、様々な依頼を受けて町の外で活動する者達が冒険者と呼ばれていた。


 そして、そんな冒険者をしていた男と女が、冒険者を引退した後に始めた宿屋にひとりの男の子が産まれた。


 その男の子は、はアベルと名付けられた。


 かつて管理者と呼ばれた者と同一の遺伝子情報を持つ少年だが……いかに高い能力があっても使わなければ開花する事は無い。今の段階では、普通の男の子であった。



「アベル。井戸から水を汲んできてくれるか?」


 宿屋の1階は酒場兼食堂になっていた。

 木製のカウンターの内側で何かの作業をしていた黒髪の男が、テーブルを拭いていた5歳くらいの男の子に声を掛ける。


 男は逞しい身体をしていたが、左腕が失われていた。


「うん、わかった」

 そう言うと男の子はカウンターの横に置かれた自分の身長ほどもある陶器の瓶を軽々と持ち上げた。


「アベルが力持ちで助かるわ」

 そう言いながら、穏やかな笑顔を浮かべた女性が二階の部屋を掃除していたのか、大量のシーツを抱えて階段を降りてくる。


 男の子は、女性の言葉に喜んでいるような照れているような表情を浮かべた後、瓶を抱えたまま宿の外に出ていった。



 井戸は町に数カ所の共同の物があるだけなので、毎日汲みに行かなければならなかったのだ。



 アベルが出て行くと、男が口を開いた。


「なぁ、ミーシャ……アベルは、力が強過ぎないか?」

 5歳の男の子が自分の身長程の陶器の瓶を持ち上げる。

 それだけでも普通では無いのに、帰りは水を入れてふらつきもせず平気な顔で帰ってくるのだ。



「ん〜でも、あの子が私達の様に冒険者になるかも知れないし……きっと神様がくれた贈り物なのよ」

 笑顔で女性が応える。



 男の名はカインと言った。カインとミーシャは、冒険者として共に働いていたが、事故でカインが左腕を失ったのをきっかけに、今まで貯めたお金を元に宿屋を始めたのだ。


 

 ガランの町の入り口に3台の馬車の商隊が到着した。


「入町手続きをお願い出来ますか」


 外套のフードを取りながら恰幅の良い男が門番の青年に声を掛ける。

 めんどくさそうにしていた門番の青年は、男の顔を見ると驚きながら姿勢を正した。



「ローデリックさん!ただちに!」


 商隊は、ロタール王国の東部に位置する公都を主に活動拠点とする商会に所属しており、年に数回、東の公都から中央の王都の行程を二ヶ月掛けて往復していた。


 青年はこの商隊を率いるローデリックの顔を覚えていたのだ。



「皆さんも、護衛任務ありがとうございます」

 ローデリックは、自分を護るように隣に並ぶ馬上の男に言った。


「いや、公都まで後2日ほど残っている。礼は無事に公都についてからでいい」


 男はローデリックの方は一切見ずに、周りを警戒しながらローデリックに返事をした。

 見晴らしの良い街道とは違い、町の入り口は隠れる場所もあり、どの様な者が隠れているかわからないのだ。



「ガランの領主に訪問の先触れをお願いします。私は、寄りたい所があるので先に町に入ります。」


「護衛には私が同行しよう」


 ローデリックと話していた男は馬から降り、部下に先触れに行くよう指示を出すと、ローデリックの隣に並んで歩き出した。



 ガランの町の入り口から少し入った所にある雑貨屋があった。店先で、一人の少女が客の応対をしている。



 彼女は、管理者の生まれ変わりの側に居る為だけに、人の姿になった……ナノマシンだ。


 彼女はアベルとは違い知識などを持ったまま胎児からやり直しているが、今の段階では目立つのはまずいと普通の女の子の振りをしていた。



「合計で57ディールになります」


 少女は愛嬌のある笑顔でお客に告げる。


「リリィちゃんは計算が早いね〜。ゆくゆくは学者さんにでもなれるんじゃないかい?」


 雑貨屋で買い物をしていた中年の女性はそう言いながら、銅貨を6枚を少女に渡す。


「特に教えた覚えもないんだけどねぇ……私も旦那も、そんなに頭は良くないんだけど」


 雑貨屋の奥からふくよかな女性……リリィと呼ばれた少女の母親が、娘を褒められて少し嬉しそうな顔をしながら現れる。



(そんなに特別な事はしてない……はずなんだけど?)


 少女は、周りの反応を不思議に思いながらも、それは一切表情に出さ無かった。



「お釣りの3ディールです。計算が出来ないとお店を手伝えないから」

 そう言って、笑顔のままお釣りの賤貨3枚を渡す。



「いやいや、その歳で凄いことだと思いますよ」


 リリィがお釣りを渡そうとしたその時、ローデリックが護衛の男を連れてリリィが居る店に現れ、リリィを褒めた。

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