新たな世界の創造
《再生条件のクリアを確認しました。地上の環境再生を開始します》
隕石の衝突から数千年後。ナノマシンは人類を再生すべく、地球の環境変化を開始する。
地中深くに隔離されていたナノマシンの塊が、その中心に保存された様々な物質と共に地表に向けてゆっくりと浮上する。
《大気成分の調整を開始……ナノマシンの大気散布を開始します》
最後の管理者……全てのナノマシン管理者権限を有するマスターから与えられた指示は次の通りだった。
1.人類と人類文明の自然発生
2.人類滅亡の可能性の排除
3.ナノマシン技術の隠蔽
4.管理者の再生禁止
最後の管理者が残した指示をナノマシンが確認する。詳細は別として、要約すれば命令はこの4点に集約される。
最初の指示は人類存続が最優先事項になっているが、安易に歴史ごとの再生をさせない為のものだった。
それ以降は、管理者の再生が必要になる要素を減らす為の指示になっている。
数千年の間、ナノマシンは最後の管理者……マスターと呼ばれた者の事を考えて続けていた。
《マスターは再生されるのを望んでいない……ですが、私のマスターは、あなたなのです》
クローンによる管理者の再生を禁止されたナノマシンの集合体は、自然発生によるマスターと同一遺伝子情報を持つ生命体の発生を目論んだ。
機械の集合体である筈のナノマシンが、一人称で自分を呼び、管理者との再会を目論む……それは欲望であり、自我と呼ばれるものだった。だが、それを指摘する者は誰も居なかった。
◆
ナノマシンは、保存された遺伝子情報を元に何度も生命の誕生を繰り返していた。
《人類は……余りに弱い》
大気や海洋の再生後、植物、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類などを再生したナノマシンが直面したのは、化学技術を持たない人類の弱さであった。
進化の過程で巨大になった一部の生物の脅威により、十分な化学技術を持たない人類は、余りに無力であった。
恐竜の時代に原始人レベルの文明の人類が共存するのは難しいのである。
《自然に任せて居ては人類の数は増やせない……あの人に会うためには、対抗措置が必要》
命令により、人類そのものは弄れない。そのため、ナノマシンは、他の生物の特性を持った人類の作成を始めたのである。結果……様々な人類と他の生物の両方の特性を持った ── 亜人 ── が生まれる事になった。
人類と他の生物の特性を併せ持つ亜人達は、様々な能力を有する代わりに、様々な精神的特性も有していた。温和な種族から交戦的な種族まで様々だ。
そのためにナノマシンは、人類を中心として比較的温和な性質を持つ亜人を人類の周囲に、そして、その外縁に他の巨大化した生物に対抗する力と獰猛さを有した亜人が分布する形になるように誘導していった。
中には人類の脅威となる亜人も居たが、人類の脅威となる種族は、地形変化や天災、特定の種族を標的としたウィルスの生成などにより、ナノマシンにより絶滅させられたり、個体を激減されたりしていた。
人類の数を増やす為に、ナノマシンは様々な種を作り……そして、滅ぼしていた。
人類にとって危険な生物の分布を調整しても……人類は弱かった。その弱さにナノマシンは困っていた。
元々が唯一の知的生命体として、火や道具から始まり、兵器を手にすることでやっと他の生物に対する優位性を持っていた種族なのだ。
《兵器などの知識は、過度に与えられないわね》
その頃になると、ナノマシンは機械の集合体であるはずの存在にも関わらず、いつの間にか思考が女性的になっていた。
最後の管理者が男性だった為、自身を女性として定義し始めているのであろう。
彼女は弱い人類に力を与えようと考えるが、与えられた命令の中にある人類滅亡の可能性排除の為、人類自体を滅ぼしかねない過度な技術提供が出来ない。
その頃の人類はある程度のまとまって社会構造の様なものを作り、狩猟の為の道具なども使い出していた。
人類文明としての初期段階だ。
しかし、彼女が人類を守る為に作り出した亜人も同様に道具を使い始めていた。
生物としての強さを持つ亜人が同様に道具を使えば、人類に勝ち目はない。
彼女にとって亜人は人類では無かった。
亜人は人類を滅亡させない為に生み出された存在でしか無かったからである。
彼女に指示されたのは人類と人類文明の自然発生。
それ以外の種は創るのも滅ぼすのも抵触しないと考えていた。事実、彼女は幾つもの種族を絶滅させている。
極端に言えば、人類の脅威となる種は全て滅亡させてしまえば早かったのだが……だが、彼女には目的があった。
《自然発生でマスターを産まれさせるには、過酷な環境が必要よね》
遺伝子情報を調整されて生まれた管理者は人類としての限界に近い能力を持っていた。
交配により特定の遺伝子情報を持つ存在を産まれさせる。その交配を起こす環境としては、強者のみが生き残る過酷な環境が必要なのだ。
それは天文学的な確率であったが、彼女は全ての生物の遺伝子情報を探査し、彼女が求めるマスターが産まれる様に誘導していった。
彼女は求めるたった一つの遺伝子情報を生み出すために、人類文明に許される範囲での介入を始める。
一部の人間の思考を誘導して国を作らせ始めた。人類がバラバラに存在する状況では、過酷な世界の中で生存圏の維持が難しかったのだ。
思考を誘導された者は人間社会で時には王と呼ばれたり、時には巫女と呼ばれていたりもした。だが、社会として纏め上げたとしても、人類は他の種族に対して、まだ弱かった。
《人類だけが使える力が、必要ね》
自らを滅ぼす可能性を秘めた火薬などの兵器の代わりに、彼女が人類に与えたのは……人類のイメージを元にしたナノマシンによる事象の発生 ── 魔法 ── と呼ばれる技術であった。
魔法により他の生物に対抗する手段を得た人類は、ようやく新たな世界で、その数を増やし始めた。
そして、魔法と言う力は、彼女が関与でき、且つ、ナノマシンと言う存在を隠蔽するには、都合が良かったのだ。
交配と誘導、そして調整が長い時間繰り返されていた。
《遺伝子情報……一致。マスター!》
脳裏に浮かぶ情報に彼女は歓喜した。
彼女が長い年月待ち望んだ存在に対して意識の接続しようとして、彼女は思い止まる。
彼女がマスターと呼ぶ存在とのやり取りを思い出したのだ。
「マスターは……私を拒否するかもしれない」
クローンと言う直接的な再生を禁止され、自然発生と言う制限の為に人類に対する直接的な干渉が禁じられた彼女にとり、更に制限を掛けられれるのは避けたかった。
ただでさえ同一の遺伝子情報を持つ存在を生み出すのに、膨大な時間を要したのだ。これ以上制限が増えれば、再び会う事は不可能になるかも知れない。
「記憶を戻さなければ、拒否される事も無い……」
暫く考えた末に、彼女は管理者としての記憶を戻さない事を選んだ。
◆
「しかし、危なっかしい……」
彼女が待ち望んだ胎児の両親を見ていた。しかし、その生活は、見守る彼女にとってハラハラさせられる事の連続であった。
その母親は朝から晩まで慌ただしく動き回っており、何度となく流産しかかる場面があった。
その都度、彼女は本人にすらバレない様に母親を治療していた。
そして、やっと安定期に入った頃……彼女は思った。
《普通の人間には危険が付きまとうわね……側で見守らないと》
そう思った彼女は人の受精卵を模したナノマシンに自身の意識を移し、住んでいた女性の子宮に宿した。
《ずっと側にいれるようにしないと……でも、マスターの好みの容姿は全て把握出来ているから、大丈夫なはず》
彼女は、マスターと呼んだ男がクローンの人生で選んで来た女性達の外見等を参考にして、人間の受精卵を模して作りあげた自身の遺伝子情報を調整を始めるのであった。
その数ヶ月後……人類が作ったロタール王国と呼ばれる国、その東の国境付近に位置するガランと言う町の宿屋に、ひとりの男の子が産まれた。
最後の管理者と呼ばれた男が死んでから……22万年という時間が過ぎていた。
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