施設承継

 「伊刈さん、ご存知だったら教えて欲しいんですが」本課の宮越から低姿勢な電話があったのは東洋エナジアの許可取消処分から一週間後のことだった。水沢は池沼が待っていた会社にはとうとう戻れず、そのまま送検されて起訴になった。初公判で容疑をすべて認めたので有罪が確定して水沢は収監され、東洋エナジアは聴聞を通知するまでもなく欠格事由によって許可取消しになったのだ。

 「珍しいですねえ。改まってなんですか」伊刈は意外な気持ちで受話器を握った。

 「東洋エナジアの承継届けが行政書士から提出されたんだけど現場になにか動きがあるかな」宮越はタメ口に戻って言った。

 「自分で見にくればいいじゃないか」伊刈もわざとタメ口で答えた。

 「動きがあるなら見に行くよ」

 「まあ来る必要はないかもな。現場はそのまんま、焼却炉はもう錆びついてるよ。再開なんてムリだね」

 「そうだよなあ。なんであんな施設の承継なんかするんだろうな。伊刈さんはどう思いますか?」宮越はまた低姿勢になった。どうも声色を使い分ける癖がついているようだった。

 「法律上は施設設置許可が残っていれば別会社で業許可申請ができるんだろう」

 「うんまあそうなんだ。その線は調べてみたよ。取消された会社がダミーの会社を設立する手口はよくあるからね」

 「ダミーじゃないのか」

 「承継人は水沢とは関係なさそうだね。大阪のサンチョーという金融会社なんだ。聞いたことあるかな」

 「いやないね。水沢のダミーじゃないんなら別に認めてもいいじゃないか」

 「どうも腑に落ちなくてね。ほんとに現場は動きがないんだね。できたら注意して見ててくれないか」

 「頼まなくても本課の指示で動くのが出先だからね」

 「皮肉は言いっこなしだ」

 「金融業者なら転売目的でとりあえず地位の承継をしておこうってことじゃないのか」

 「それはあるね」

 「サンチョーの登記簿はあるかな」

 「承継届けに添付されてるよ」

 「それ送っておいてくれないかな」

 「わかった」宮越は素直に電話口で頷くと、電話を切った。

 伊刈はすぐに東洋エナジアの跡地を確認したが、やはり施設は朽ちるに任されていて再開を準備している様子はなかった。場内に積みあがった産廃を整理し炉を修繕しなければ検査が通らないから業許可の申請もできない。永久にできないだろう。承継届けは形式的なものと思われた。

 夕方遅くに本課からFAXで届いたサンチョーの法人登記簿を手したとたん伊刈の顔色が一変した。役員の中に逢坂小百合という名前があったのだ。忘れもしないエターナルクリーンの社長秘書だったユキエが使っていたモデル名だ。偽名だとばかり思っていたが、どうやら本名だったようだ。ユキエのモデル名を知っているのは伊刈だけだったから宮越がサンチョーと犬咬の不法投棄問題に関係があると疑わなかったのは当然だ。伊刈は東洋エナジア買収の背景に深い闇があることを確信した。

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