爆発事故

 「伊刈さん、西に大きな煙が上がっていますが産廃の焼却炉でしょうか」東海林の声に、三人がいっせいに左の窓を見た。黒煙がもうもうと上がっていた。

 「位置は特定できますか?」伊刈が城戸を見た。

 「朝陽方面ですね」

 「そっちに焼却炉はないですよね。ゴミの野焼きの煙にしては激しいし民家の火事じゃないでしょうか」喜多が言った。

 「伊刈さん、どうしますか」東海林がもう一度聞いた。「帰り道ですから上空を通過することは可能です」

 「行ってみてください」

 「了解です。五分で到着します」ヘリは白い煙の方向に向かった。

 「あれは黒田が実験してる油化施設ですよ」喜多が叫んだ。

 「それにしてはすごい煙だ」伊刈が言った。

 「爆発したんですよ。消防車が向かってます。救急車もいますね」喜多が言った。

 「被害はどうだろうね」伊刈が言った。

 「三方が崖ですから爆風があったとすれば南側ですが民家の被害はなさそうですよ」城戸が土木技師らしく住宅地の屋根の様子を確かめながら言った。

 「でも救急車を呼んだってことはけが人があったんじゃないですか」喜多が言った。

 「ここからじゃわかりませんね。ところで、油化施設ってなんですか」城戸が尋ねた。

 「タイヤの油化をやってるんです」喜多が答えた。

 「これ以上は燃料が持ちません。しばらく旋回したら戻りますがよろしいですか」東海林が言った。

 「ちょっとだけでも降下できませんか」伊刈が言った。

 「降下すると燃料を使いますがちょっとだけなら。だけどあまり近付くと危険です」

 ヘリは炎上する油化施設の上空を低空で数回旋回してからヘリポートへと帰還した。

 着陸後、すぐに爆発事故の状況を確認した。作業員二名が吹き飛ばされて死亡する惨事だった。黒田は業務上過失致死容疑で事情聴取を受けるだろうと仙道から聞かされた。初回からとんでもないフライトになってしまった。

 翌朝、本課の鎗田課長が緊急の市長レクを実施した。部長を通り越しての市長レクは前例があまりなかったが、市長から直々の要請だったので鎗田は単身で市長室に乗り込んだ。

 「昨日の爆発事故の件で午後から記者会見を開かないといけません。今わかっていることを整理してもらえますか。犠牲者が二人も出てしまいましたし」三条市長が言った。

 「事故現場は隣市の管轄ではないですか」

 「それはわかっていますがエアパトで撮影した映像がニュースで流れたものですから、マスコミがエアパトってなんなのかと関心を持っています。あの写真は誰が提供したのですか」市長はメディアに流出した写真をテーブルに投げ出した。写真だけではなくビデオも流出していた。

 「ヘリが飛んでいたことを知ったメディアから取材がございましてエアパトの宣伝になると思いましたので」鎗田は青ざめながら答えた。

 「課長の判断ですか」

 「はい」

 「この際だから私の判断ということにしましょう」市長は偶然の成り行きを自分の手柄にするつもりらしかった。これには鎗田も呆れたが詰め腹は切らなくてよさそうな状況になった。

 「爆発したのはどんな施設ですか」

 「廃タイヤの油化施設だそうです」

 「県はどんな指導をしていたのですか」

 「事業者としては廃タイヤを買ってきてリサイクルしているという主張だったそうでして、それだと廃棄物の処理施設にはなりませんし焼却炉の規制も受けません。いわば抜け道施設です」

 「それじゃ県は指導に手をこまねいていたわけですね。経過はだいたいわかりました。同じ問題をおこなさいためにはどうすればいいですか」

 「産廃条例の制定については二月市議会に議案として上程する予定で進めておりますが、今回の爆発事故を受けましてリサイクル施設も対象にしてはどうかと既に検討に着手しております」

 「それはまだ記者発表はできませんね」

 「本省の審査が済んでおりませんしパブコメ(パブリックコメント)もまだですので正式の発表はできませんが、条例を検討中という程度なら」

 「なるほど。それでどんな条例になりそうですか」

 「廃棄物処理法はザル法と呼ばれるほど抜け道の多い法律ですが最大の抜け道は自社処分場です。自社処分とは自ら処理と申しまして、産廃業者を頼まずに解体業者などが自前の焼却炉や破砕機で木くずを処理したりすることを申します。小規模の施設ですと法律ではなんらの規制も受けないため不法投棄の抜け道になっておりますし、木くずの堆積場からの火災の危険もございます。さらにリサイクル偽装施設もあります。自社処分偽装、リサイクル偽装による不法投棄を防止するためには法律の規制の網から漏れた焼却炉、破砕機、保管場、自社物運搬などを条例で規制する必要があります。それに今回爆発事故を起こしました施設を斡旋していました宝塚興業は、複数の自社処分場を開設してきた会社でございます」

 「ちょっとその説明は記者会見では難しすぎますね。つまり不法投棄の主流は自社処分場偽装とリサイクル偽装だと言っていいんですか」

 「そのとおりです。これらの偽装処分場の前に法律は無力です」

 「この条例は全国初ということですが本当にそうなんですか。産廃条例というのはもうよそにあるんじゃないですか」

 「地方分権一括法の施行によりまして、条例制定権が拡大されたことを受けまして、全国の自治体で産廃条例の制定が相次いでおりますのは確かですが、自社処分場偽装、リサイクル偽装を直接的に規制できる条例を制定するのは全国初となります。現場は十月から発足しますチームゼロで固め、法律の穴は条例で埋めることによって市内の不法投棄を一掃できるものと確信しております。いわば現場は不法投棄の症状を抑える対症療法、条例は不法投棄の原因を断つ根治療法でございます。さらに県とも連携いたしまして、ほぼ同様の規制を県条例でも施行していただくことにより県内から不法投棄を一掃する方針でございます」

 「なるほど対症療法と根治両方というのは説得力がありますね。でも県と同時では全国初は県に取られてしまいませんか」

 「議会の日程上、市の条例が先になると考えております」

 「市が先になっても県はいいのですか」

 「もともとこの条例の中身は市が先に詰めたものでございます。施行時期も県は完全施行を二年後とするようでございますが、市は一年後の予定でございます」

 「今日の記者会見には同席してもらえますか」

 「かしこまりました」

 爆発事故をかえって条例の追い風にできる雲行きとなり、鎗田課長は意気揚々と市長室を引き上げた。

 業務上過失致死罪で取調べを受けていた黒田は結局容疑不十分で釈放され、翌週環境事務所にやって来た。

 「ちょっとごたごたがあってね、しばらくぶりになったけど東洋エナジアの撤去報告書を持ってきましたよ」黒田は何食わぬ顔だった。

 「黒田さん、爆発事故は大丈夫だったんですか」さすがの伊刈も呆れ顔で尋ねた。

 「ああ、あれね。あの油化施設はね、俺のじゃないんだ。俺のって言ったのはウソ。俺はさ土地を貸してただけだから」

 「どういうことですか? それじゃやってたのは?」

 「ま、いいじゃないの。それより東洋エナジアだけどさ、やっぱりなんとかなんないの」

 「撤去すると見せかけて搬入してるんじゃありませんか。これではいつまでたっても終わらないどころか逆に増えてしまいますよ」

 「言いがかりですよ。ちゃんと撤去していますよ。証拠があるんですか」

 「証拠はこれです。ヘリから撮った写真です」伊刈はエアパトで撮影した連続写真を示した。

 「これは…」さしもの黒田も絶句した。

 「撮影者は私です」

 「なんだよ爆発事故の写真だけじゃなく、あっちの写真も撮ってたのか。おそれいったな」海千山千の黒田もさすがに顔色を変えた。

 「こっちが本務ですよ。爆発事故の上空を通りかかったのは偶然です」

 「市長もいい玉だけどよ、あんたもやるねえ。この写真もらってもいいか。水沢社長に見せたいからよ」

 「いいですよ」黒田は写真をひったくるようにして帰っていった。

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