施設ブローカー

 翌日、黒田が一人上機嫌で環境事務所にやってきた。

 「撤去計画書を持ってきてくれましたか」応対した伊刈が尋ねた。

 「そんなことより最終処分場よりもっといい方法があったんですよ」黒田は打ち合わせテーブルに着くなり怪しげな焼却炉のカタログを広げ、肥えた頬を膨らませながら熱弁をふるいだした。「これ見てくださいよ。煙も灰も出ない高性能溶融炉なんですよ。これを山裾町と柴咲町に一基ずつ設置させてください。そうすればあっという間にきれいになりますよ」

 「こんな炉見たことないけど大丈夫なんですか」

 「今流行のガス化溶融炉ですよ。大手メーカーのは五十億円もするでしょう。ところがこれは五億円で同じ性能が出るんです。画期的な炉ですよ」

 「導入実績があるんですか」伊刈は肩をすくめた。

 「新発明ですからね。導入はまだこれからです」

 「炉材はなんですか」遠鐘が尋ねた。

 「鉄ですよ。見ればわかるでしょう」

 「それは外側でしょう。炉の内側はどんな素材なんですか。溶融炉は高温になりますから内側の炉材が大事なんですよ」

 「さてどうでしょうねえ」黒田の答えは曖昧だった。

 「とにかく撤去計画が先決ですよ」伊刈が言った。

 「この炉を先に設置してから撤去するというわけにはいきませんか」

 「だめですよ。昨日も社長に申し上げましたが、まず撤去計画書を出してもらえますか」

 「そうですか。撤去を先にね。わかりました。私の責任で撤去はさせます。ですから炉の導入は検討してみてください」

 「実績がない炉では困りますね」

 「頼みますよ。今なら実験ということで安いんですよ」

 「実験のために許可は出せません」

 「なんとかなりませんかねえ。そうだ、同じメーカーが納品した油化施設ならありますよ」

 「油化?」

 「廃タイヤを油化する実験をやってる炉があるんです」

 「それも実験ですか」

 「一度立ち会ってみていただけないですか」

 「どこですか」

 「実は椿海市です」

 「それじゃ県の管轄ですね。何か届出をしてますか」

 「だって油化は産廃処理の施設じゃないですからね。実験がうまくいったら犬咬漁港で大々的に始めようと思っておりましてね。漁港ならタイヤもあるし魚網もあるし油化の原料を集めやすいでしょう。作った油も漁船で使えますしいいことずくめですよ」

 「まあいいでしょう。管内じゃないけど行ってみますよ」

 「伊刈さんに見ていただいたら百人力だ」

 「黒田さんは不動産が本業じゃないんですか」

 「そうですよ。だけどね事業を起こさないことには土地が動かんでしょう。こんな田舎じゃね事業といったって高が知れてる。リゾートブームの頃は胡坐を掻いて待ってれば買い手がわんさかきたけどね、今は自分の足で稼ぐしかない。ゴミはいい事業になりますよ。この地域にとっては大事な産業だ。そう思いませんか」

 伊刈に見せたことを施設の宣伝にしたいという黒田の魂胆は見え透いていたが、好奇心に負けて伊刈は廃タイヤ油化実験プラントを視察してみることにした。

 椿海市は犬咬市と同じ海浜の町だが、廃タイヤ油化の実験施設は海岸から十キロ以上離れた山中の山砂採取場跡地だった。実験だと聞いて小型の炉を思い浮かべていたが施設は思ったより大きく、赤土を削り取った崖に三方を囲まれた三ヘクタールほどの荒野の真ん中に高さ十メートルほどの銀色に塗装された炉体が聳えていた。予備知識がなければミニロケットの発射場のようにも見えた。施設は稼動中で周辺の白いヘルメットを被った人影が豆虫のように動いていた。タワーの頂点にある短い煙突からはうっすらと青白い煙が立ち昇っていた。敷地の入口近くに小さなプレハブの小屋があったが中はがらんどうで事務員が常駐している様子はなかった。道路からは見えない崖際に三段重ねにしたトン袋(フレコンバッグ)が土手のように連なっていた。土手の長さは百メートル以上あり袋の数は数百個になりそうだった。遠鐘が一番手前の袋を開けてみると中には自動車と家電のシュレッダーダストがぎっしり詰まっていた。そこへ土埃を上げてXトレールが近付いてきた。環境事務所のパトロールカーと同じ車種同じボディカラーだった。

 「ごくろうさまです」車から降りた黒田はいつになく丁寧に挨拶した。

 「そんな挨拶はいいですよ」伊刈が答えた。

 「いえいえわざわざおいでくださって申し訳ない」

 「これは秋川メタルのシュレッダーダストですね」遠鐘がいきなり指摘した。

 「お目が高い」

 「これをどうするんですか」

 「ゴムの割合が多いので油化の原料になるんですよ。残った金属も売れますしね。もうゴミを埋めたり焼いたりする時代じゃない」

 「たとえリサイクル目的でも処理費を請求すれば産廃の処分ですよ」

 「今日おいでいただいたのはそのことなんです。シュレッダーダストはリサイクルの原料として買い取ったものなので産廃ではないと考えているのですが、県庁が秋川メタルに対して無許可施設への委託違反になるからここへ出してはいけないと指導しておりましてね」

 「もう実際には動いているじゃないですか」伊刈が言った。

 「今やっております実験は廃タイヤを使っております。シュレッダーダストの実験はまだこれからです」

 「実験でも許可は必要ですよ」

 「まあそうおっしゃらず、とにかく見ていただけませんか」黒田が先頭に立って油化施設に向かった。近付くと銀色の炉体はいよいよ見上げるほどの高さだった。周囲には原料原料にする廃タイヤが置かれていた。これを裁断機でぶつ切りにしてから酸欠状態の炉に投入して油化しているようだった。ラジアルタイヤにはワイヤーが入っているから、確かにシュレッダーダストと似ている。

 「これを見てください」黒田は施設の底にある蛇口の下にビーカーを置いてバルブを開いた。透明な油がビーカーに満ちた。

 「こんなきれいな油がタイヤからできるんですよ。ガソリン、灯油、軽油、なんでも取れますよ」黒田は自慢そうにビーカーを伊刈に差し出した。

 「この油をどうするんですか」

 「今のところは漁船で実験的に使ってもらってますが本格的に作り始めれば買い手は決まってます」

 「タイヤには金属や硫黄が入ってますが、それはどうなるんですか」遠鐘が尋ねた。

 「ラジアルタイヤのワイヤーはとてもいいものでスクラップ屋が買い取ってくれます。溶鉱炉に入れると聞いてますよ。鉄鉱石だけじゃいい鉄ができないとかでね」

 「硫黄は?」

 「燃えてしまいます。煙突を見てください。きれいな煙でしょう」

 「見た目はきれいでも二酸化硫黄じゃないですか。有害ガスですよ」

 「大丈夫ですよ」

 「脱硫装置はないんですね」タイヤが黒いのは硫黄が大量に含まれるからだが、油化プラントに脱硫装置がついている様子はなかった。

 「今は実験炉ですから、本格的にやるときはちゃんと石灰で脱硫しますよ」

 「なるほど」

 「伊刈さんどう思われますか」

 「何がですか」伊刈が聞き返した。

 「許可が必要だという県庁の指導ですよ。これは焼却炉ではないでしょう」

 「乾留炉にはなるかもしれませんね」

 「全然違いますよ」

 「県庁の指導は炉の構造のことじゃなく廃タイヤやシュレッダーダストの処理費をもらっているんじゃなかというところを問題にしてるんでしょう」

 「そこが見解の相違というやつでして。ちゃんと原料を買い取っているという書類もあります。ご覧になりますか」

 「それよりこのクラスの油化施設で爆発事故が頻発してるのはご存知ですか」

 「ええ知っています。でもこのプラントは大丈夫です。ちゃんと対策を講じていますから」

 「最初から爆発するかもしれないと説明して売っている炉はないでしょう」

 「それはそうですが」

 「参考までにこの炉はいくらですか」

 「本来なら五本(五億円)くらいですが、これは中古でしてね。一本(一億円)で手に入れました。それを改造しましてね」

 「どこかから移設したんですね。たぶんそこでも許可が必要だと指導されたんでしょう」

 「まあそこらへんのことはわかりません」

 「シュレッダーダストをこの炉で処理するのはやっぱり危険ですね」遠鐘が言った。

 「どうしてですか」

 「もっと本格的な炉でもシュレッダーダストの処理中に爆発事故が起こっています」

 「どうしてシュレッダーダストが爆発するんですか」

 「はっきりしたことはわかりません。一説にはシュレッダーダストの中のアルミニウムやマグネシウムが原因かもしれません」

 「アルミニウムが爆発しますか?」

 「正確な化学反応はわかりませんが、ジアルミ酸ナトリウムが触媒となって発生した水素ガスが爆発したと言われていますよ」

 「ほうそれは初耳だ」

 「ところで来週、秋川メタルの検査を実施してもいいですか」

 「は?」黒田は伊刈の言葉に顔をしかめた。

 「どうしてまたいまさら?」

 「森井町団地で収集したシュレッダーダストと秋川メタルのものを照合します」

 「森井町? あそこの処分場なら閉鎖済みです」

 「黒田さんならご説明するまでもなくお察しかと」

 「でも秋川は遠いですよ」

 「どこだってかまいませんよ」

 「なるほど伊刈さん、あんたは評判どおりだ。小笠原の裏の捨て場じゃあっさり負けを認めたって聞いてたけど諦めてなかったってわけだね」

 「やはりご存知でしたね」

 「秋川には直接連絡してくれるかね。自分はもう関係ないとこだからね」黒田は不機嫌そうに言った

 「わかりました」伊刈はあっさり言って引き上げた。

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