空プライド

 翌朝再び銀司が環境事務所に出頭してきた。

 「昨日もご指導いただいたそうですね」銀司は皮肉っぽく言った。

 「天昇園土木の倅さんが運転手をされてるとは驚きました」

 「お父様からお預かりしているんですよ」

 「その見返りに捨て場を承継されたんですか」

 「あの処分場は持田さんのじゃありませんよ。地主さんからうちの社長が買ったんです」

 「昨日投棄したのは未破砕の廃プラでしたが、あれも残渣の自社処分だというのですか」

 「もちろんです」

 「東洋エナジアは焼却の施設ですが、未焼却の産廃でも処理の残渣になるんですか」

 「前処理として選別と破砕の許可をいただいておりますよ」

 「あくまで前処理としてですよ」

 「しかし前処理段階でも残渣は生じるじゃありませんか」

 「この写真を見てください」伊刈は昨日撮影した廃棄物の写真を示した。

 「これは破砕したようには見えませんよ。それどころかベール(圧縮梱包された廃棄物)のままじゃないですか」

 「有害物がなければベールのままで捨てても問題ないでしょう」

 「排出元が梱包したままでばらさないでも前処理残渣になるんですか」

 「そういう場合もございます。焼却不適物ということです」屁理屈に関して銀司は筋金入りだった。

 「それなら返品すべきでしょう」

 「それは業界の慣例に反します。積荷全部なら返品しますがベール一個だけというのは」

 「一個じゃなく全部じゃないですか」

 「全部という証拠は」

 「不毛な議論はもうやめましょう。前処理したにせよしてないにせよ未焼却物は自社物になりません。つまり自社処分場には持ち込めませんよ」

 「でも県庁では自社処分だと認めてくれましたよ」銀司は額に汗を滲ませて抗弁した。

 「県庁には聞きましたよ」

 「そうですか。それじゃ安心です」

 「県庁はね、一般論として自社処分が認められる場合を説明しただけだそうですよ。東洋エナジアの自社処分場について要綱の届出を受理したことはないそうです」

 「それはおかしいですね。ちゃんと聞いてくれたんですか。担当者はどなたですか。もう当時の担当はいないんじゃありませんか」

 「要綱の届出は一度も受けていないそうです。これは事実です。それとも届出の写しを提出できますか」

 「ちゃんと説明しているはずです」

 「説明しても届出がなければただの相談です。承認したことにはなりません。東洋エナジアがやっていることは不法投棄です」

 「要綱の届け出というのは法律ではないでしょう。届け出なければ法律違反になるのですか」

 「法律を守っているかを確認するための届け出です。法律と無関係な要綱ではありません。届け出ながないから違法ではないですが、届け出がないと合法とも確認できないでしょう」

 「なるほどそれも理屈だ。しかし県からは一度も不法投棄だと指摘を受けたことはございません」

 「県の記録では処分基準違反ということになっているようです」

 「うそでしょう。処分基準違反なら改善命令が出るはずだが、何も出ていませんよ。それに処分基準違反は不法投棄ではないでしょう。不法投棄してるなんて心外だ」

 「県はね、許可業者の不正は法十二条の処分基準違反、無許可業者の不正は法十六条の不法投棄と区分しているんです。それだけのことです。市ではそんな区分はしません。これは不法投棄ですよ」

 「まあいいでしょう。法律の解釈の違いだというのなら、私は市より県が正しいと思います」

 「十二条違反だって十六条違反だって違反は違反です。それじゃあ十二条違反は認めますか」

 「あれもだめだこれもだめだとおっしゃるなら前処理で出た残渣はどうすればいいのですか」銀司は負けていなかった。

 「具体的にどういうものが前処理残渣になるとおっしゃるのですか」

 「たとえば金属類とか長尺物とかです。これは破砕機に入れる前に取り分けます」

 「昨日投げたものはそういう選別残渣だと言うんですか」

 「それもあると思います」

 「専務さん、昨日のは未処理の廃棄物ですよ。ベールのままだってこと写真にも写ってるでしょう」

 「いいえ選別はしております。ベールのままでも処理できるかできないかの選別はできます」銀司も必死だった。この場は引き下がれないという覚悟が感じられた。

 「堂々巡りはやめましょう。未処理廃棄物の自社処分は認められませんよ。それを認めたら焼却の許可で焼却すらしないで最終処分しても合法的だってことになってしまいませんか」

 「その矛盾は確かにございますが、選別残渣は自社処分として埋め立ててよろしいと県庁だけじゃなく本省からも見解が出ているのをご存知ですか」

 「知ってますよ。でもそれは間違った解釈ですからいずれ見直されますよ」

 「ほう県庁だけじゃなく本省の通達まで否定されますか。伊刈さんは法律ですか。それとも法律以上ですか」

 「法律を見直すまでもなく昨日の投棄は未処理廃棄物の不法投棄です」

 「納得できません。県庁では認められたのに市になったとたんに見解が変わって急にだめと言われても困ります。私どもにとっては死活問題なんです」

 「違法行為を死活問題だと言われても、そうですねとは言えないでしょう。もう一度繰り返しますが昨日の廃プラの投棄もその前の動残(動植物性残渣)の投棄もどちらも不法投棄です」伊刈は含みを持たせずはっきりと不法投棄だと断定した。押し問答を続けていればそのうち逃げ道を作ってくれるのが役人の常だという銀司の作戦は伊刈には通用しなかった。

 「わかりました。社長に報告して対応を検討します」

 「いよいよ困ったら社長を出すんですか」伊刈は皮肉の駄目押しをした。

 「社長は社長ですから」

 「そういうことなら次回からは社長を連れてきてください」

 「社長は来たがらないんですよ」銀司は不満そうに口を曲げた。

 「役所の交渉窓口は銀司さんの専売特許ですか」

 「そういうわけじゃないですが来たがらないものは来たがらないんだから」

 「それならこちらから行きますよ」

 「わかりました。次回から必ず社長が来るようにします」

 「いやそれには及びません。明日にもさっそくこちらからお伺いしますので社長に在社されるようにお伝えください」

 「それは社長に報告してからではいけませんか」

 「これは通告です。明日の午前中にお伺いしますので、社長に必ずご同席いただくようお伝えください」

 「そうですか、一応社長には伝えます。こんな強引な指導は初めて受けました。こんなことじゃ業者は育ちませんね」銀司は険しい顔で棄て台詞を吐くと憮然として立ち去った。

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