張り込み

 「東洋エナジアに行ってみよう」伊刈は翌日のパトロールに出発するなり言った。

 「えっ県の承認を確認するんじゃないんですか」遠鐘が言った。

 「あんな何もないとこで県の承認がおりるわけないよ。確認するまでもない。あえて言わせてもらうとね、銀司専務というのは言葉は慇懃だけどなかなかな曲者だよ」

 「でも水沢社長よりはましだと技監が言ってましたよ」遠鐘が言った。

 「それはきっと技術屋の仲間としてひいき目で見るからだろう。技術屋は技術屋の味方をするからね」

 「僕も一応技術屋なんですけど」

 「遠鐘さんは技術屋とちょっと違う学者だから」

 「まあいいですけど」

 「班長の勘だと銀司専務は今日も不法投棄をやるってことっすか」長嶋が言った。

 「て言うか専務は不法投棄じゃないって主張だから」

 「それはやっぱりムリがありますね」

 Xトレールは東洋エナジアの入口に張り込んだ。喜多は事務所に居残ったので車内には伊刈、長嶋、遠鐘の三人が乗り込んでいた。一時間ほど見張っていると東洋エナジアのコーポレートカラーのブルーに塗装された十トン車が出てきた。

 「班長ダンプが出てきます」遠鐘がいちはやくダンプを発見した。

 「今日のは大きい車だな」伊刈が言った。

 「どうしますか」長嶋が尋ねた。

 「追跡してください」

 「了解」長嶋は車を発進させた。尾行を警戒する様子もなく県道から国道に出たダンプはバイパスを経由して太平洋岸の丘陵を快走し未舗装の農道へと左折した。

 「どこへ向かってるのかな」

 「ちょっと待ってください」遠鐘が地図を確認した。「この先は柴咲町です。自社処分場団地が一つマークされています」

 「そこだったらずいぶん昔に不法投棄で検挙されてから閉鎖されているはずです」長嶋が言った。

 「そこへ向かってるのかな」

 「このまま直進すればその処分場団地跡です」遠鐘が言った。ダンプは壊れた門扉をノンストップで通過した。場内にはアルカリ性の再生土が大量に持ち込まれたのか草の生えない広大な砂丘と化していた。ダンプは廃屋となった事務所前から奥の谷津へ下りた。

 「古い処分場をまた拡張してるみたいですね」遠鐘が言った。放棄された自社処分場団地の奥に新たな捨て場が開設されていた。深く切れ込んだ谷津は産廃の処分には格好の地形で境界も許可も気にしなければまだ何百万トンでも入りそうだった。東洋エナジアから追跡してきたダンプがバックで崖際に近付くのが見えた。

 「阻止しよう」伊刈が命じた。

 「了解しました」長嶋はフルスロットルで坂道を下りた。だが一瞬の差で積荷はダンプアウトされてしまった。運転手は驚いた様子もなく運転席の脇に寄せられたXトレールのルーフを見下ろした。三枚のドアから、長嶋、伊刈、遠鐘が同時に降りた。

 「なんすか?」運転手はとぼけた挨拶をした。

 「産廃のパトロールです。免許証を持って降りてくれますか?」伊刈が言った。

 「いいすよ」背のひょろりとした三十歳前後の男が運転席から飛び降りると悪びれた様子もなく免許証を提示した。氏名の欄に持田と書かれていた。

 「もしかして持田の倅さんかい?」長嶋が話しかけた。

 「親父のこと知ってんだね」

 「この捨て場はまだ天昇園土木がやってるのか」

 「まさか。親父はもう産廃やる度胸なんかないんだ」持田の倅は父親をなめたように言った。

 「今は東洋エナジアにいるのか」

 「だって親父の会社潰れちゃったからね。あんたらのせいなんでしょう。ま、どうせ借金ばっかの会社だったけどね」

 「今、産廃を棄てましたよね」伊刈が言った。

 「ずっとつけてきてんだから聞かないでも知ってんでしょう」

 「じゃ気付いてたのか」

 「そりゃ知ってるでしょう。俺こう見えてもダンプ転がして十年だよ。役所に尾行されてっけどどうするって専務に電話で聞いたらかまわないからそのまま行けって言われたから」

 「銀司専務の指示ってことか」

 「なにか問題なんすか」

 「ここは処分場の許可も届出もないから産廃を投げたら不法投棄になるよ」

 「専務は大丈夫だって。俺はよくわかんないすけど」

 「写真撮るからダンプの前に立ってくれないですか」遠鐘が言った。

 「なんで」

 「いいから今あけた産廃を指差して」伊刈が言った。

 「しょうがねえなあ。こうすか」持田が産廃を指差したところを遠鐘が写真に撮った。

 「会社に戻ったら社長でも専務でもいいから環境事務所に来るように言ってくれるか」

 「社長は来ませんよ」

 「なんで」

 「会社にだって来ませんからね。こんな会社すぐ潰れちゃいますよね。女と遊ぶのは別にいいけどさ、それで仕事も手につかないってんじゃだめっすよ」

 「きいた風なこと言うじゃねえか」長嶋が言った。

 「だって俺の親父もそうだからね」

 「どんな親でも親は親だぞ」

 「そういうのを余計な説教って言うんでしょ」

 「おめえのは減らず口って言うんだ。三十にもなって何やってんだよ。誰の紹介でこんな会社に入った」

 「黒田さんすね」

 「宝塚興業の黒田だな」

 「ご存知なんすね」

 「黒田は東洋エナジアともかかわってんだな」

 「さあ俺はよく知らないっすよ。もう行ってもいいっすか」持田は免許証を伊刈からひったくるようにして運転席に戻った。

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