特技
堀北の情報を元に黒田が新たに開設したという処分場を探した。場所は高岩町の南側の谷津を二つ隔てた台地にあった。この地域では珍しいほぼ水平な畑に耕地整理されたまっすぐな農道が一キロ以上も延びていた。奥に小さな林の手前に青トタンの門扉が見えた。
「あれっすね」ハンドルを握る長嶋が言った。農道の途中からは鉄板敷きの仮設道路になっていた。鉄板の角でタイヤを傷つけないように慎重に進むと確かに中間処理施設の小笠原商事の真後ろだった。小さな堀が切られているので小笠原側からダンプは進入できないないが、ちょっと残土を入れただけでつながってしまいそうな場所だった。
「これなら小笠原の駐車場から歩いたほうが早かったですよね」喜多が言った。
「関係ない処分場の駐車場借りるわけにはいきませんよ。環境事務所の車があるだけで検査されてるって通報するやつがいるんです」長嶋が言った。
「小笠原もついでに検査したらいい。ここは何やってるとこ?」伊刈が言った。
「食品系のリサイクル工場です。手広くやってるみたいです。今のところ問題とかもないみたいですし、どっちみち許可施設の検査は本課の仕事ですよ」遠鐘が言った。
「そのうち問題起こすかもしれないよ」伊刈が予言めいたことを言った。
黒田が開設した処分場の入口には門扉が設置され周囲にトタン塀が張り巡らされていた。伊刈は門扉を施錠しているナンバーキーの前でいたずらを始めた。
「班長、また開けるつもりすか」長嶋が心配そうに伊刈の手元を覗きこんだ。
「いつも塀を乗り越えてばかりだからたまには正面から入ろうよ。ほら開いた」伊刈は外したナンバーキーを長嶋に示した。
「班長いつもながらすごいっすね。いつ鍵屋の勉強されたんすか」
「中の構造がわかってれば開けるのは簡単なんだ」
「はあそんなもんすか」
伊刈はチェーンをはずして門扉を開けた。中に立ち入ってみると自然の崖を利用した処分場になっていた。表面にあるのは廃プラスチックだけでシュレッダーダストは見あたらなかった。とにかく掘ってみなければ何が埋まっているかわからないと思い、その場で長嶋が黒田に電話し、すぐに検査に立ち会うように通告した。黒田の電話番号は長嶋の手帳に載っていた。
「俺は今日はムリですが代わりの者を行かせます。どうすればいいですか」電話に出た黒田は長嶋に逆らわなかった。
「現場を掘ってもらいたい」
「今すぐにですか」
「ああそうだ」
「わかりました。それじゃ重機を回送させますから一時間待ってください。好きなように掘らせてもらってかまわないですから」
「悪いもの入れてないってことか」
「そりゃそうです」
約束どおり一時間ほどで黒田の代理の男が回送車に小型のユンボを積んで処分場に現れた。
「あんたらが役所のもんかい」男は地元の猟師なまりの強い言葉遣いで挨拶した。太っているが筋肉質の体で愛想のかけらもなかった。
「あんだいあんたらの車、黒田さんのと色までおんなじじゃねえか。それでわかったよ。黒田さんがよ、俺が捨て場に来るとみんな逃げんだよ、なんでかなあって言ってんだ。ずっと不思議だったんだけどよ、役所とおんなじ車じゃあなあ。こりゃまいったな。取り替えるしかねえんじゃねえの」男はばかにしたように言った。
「掘ってもらってもいいですか」伊刈が男のムダ話を打ち切るように言った。
「どこでも言ってくださいよ。どこでも好きなだけ掘ってやれって言われてっから」男はユンボを回送車から降ろすと自ら運転席に座った。
「それじゃこのへん」
「あいよ」男は伊刈の指示した場所にバケットの爪を立てた。アームが短いので一メートル程度しか掘れなかったが、それでも真っ黒な廃棄物が出てきた。
「これは有機物じゃないの」伊刈が悪臭を放つ廃棄物を指差しながら言った。汚れるので手に取ることはしなかった。
「ああこれはね違うよ、プラっすよ。埋めると真っ黒になるんすよ」男はそんなこと捨て場の常識と言わんばかりに答えた。「まだ掘るかい」
「ええもう少し」
しばらく同じ場所を掘り続けたが廃プラスチック類しか出てこなかった。埋め立てが禁止されたシュレッダーダストは確認できなかった。
「どうだい、ほかの場所も掘るかい」男は運転席から伊刈を見た。
「もういいです。問題ないと黒田さんにお伝えください。埋め戻してください」
「じゃ埋めちゃうよ」男はにやりと笑った。伊刈の完全敗北だった。
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