一夜城

 「おい例のGT-Rじゃねえか」ハンドルを握る長瀬川に安心警備保障の蒲郡部長が問いかけた。

 「そうすね」

 「あのGT-Rがいると必ず捨て場で動きがある。かといって誘導車でもねえようだし、おかしな車だなあ」

 「神出鬼没ですよね」長瀬川はGT-Rを追おうとはしなかった。これまでも何度も追跡を試みて、その度に振り切られていたのだ。CR-Vとは車の性能がそもそも違う上にGT-Rのドライバーのドラテクが半端ではなかった。

 「どっから来たんだと思う?」

 「方向としては森井町の産廃団地ですが」

 「あの団地はもう大概閉鎖されれるだろう。動いてるのは阿武隈運送だけだがあそこは早朝の定期便だったはずだな」

 「ですよね」

 「とにかく行ってみろ」

 CR-Vが団地の進入路に近付くと深ダンプの巨大なボディがちょうど出てくるところだった。

 「おい一旦やりすごせ」

 「わかってます」

 「この団地から深ダンプが出てくるのを目撃するのは久しぶりだな」

 「追いますか」長瀬川はそう言いながら早くもUターンしてダンプのテールにつこうとしていた。

 「戻りのダンプを追いかけたってしょうがねえよ。それより現場の確認だ」

 「そうですね」長瀬川はアクセルを緩め自社処分場団地に戻った。いつもは鉄鎖で封鎖されている進入路の頑丈な門扉が今夜に限って開け放たれていた。団地が活動を再開したことは疑いなかった。

 「ちょっと停めろ」蒲郡は車を降りて門扉のそばにしゃがみこんだ。

 「どうしました部長」背後から長瀬川が声をかけた。

 「シリンダー錠がなくなってるな」蒲郡は門扉の前に捨てられた鎖を拾い上げて長瀬川に見せた。

 二人は再び車に乗り込み進入路の荒れた坂道をゆっくりと降りた。両脇の処分場はどこもとっくに閉鎖されており活動した形跡はなかった。団地の底にはダンプが切り返すための小さな平場が残されていた。

 「あれはなんだ」平場に盛り上がった土砂がヘッドライトに浮かび上がった。間口、奥行きとも二十メートル、高さ一メートルほどの土俵のような形だ。

 「夕べはなかったな。おいちょっと掘ってみろ」

 長瀬川が車からスコップを下ろして試し掘りすると、たちまち廃棄物がざくざく出てきた。「これはシュレッダーダスト(廃自動車、廃家電の破砕くず)ですよ」

 「こいつは一大事だな」

 「確かに昨日は何もありませんでしたね。一晩のうちにユンボを回送して穴を掘って丁寧に覆土までしていったってことでしょうか」

 「まるで一夜城だな」

 「でもおかしいですね。ユンボがないのにどうやって覆土したんでしょうか」

 「わからん」

 「錠を外せたんですから団地の関係者の仕業でしょうね」

 「シリンダー錠なんて外すのは簡単だしバールでこじ開けたのかもしれないじゃないか」

 「だったらよそ者ですかね」

 「しばらくこの団地マークしなきゃならんな」蒲郡は思案げに腕組みした。

 長瀬川は掘り出した産廃を同じ場所に丁寧に埋め戻した。安心警備には証拠を持ち帰る権限がなかった。

 蒲郡から通報を受けた伊刈のチームはすぐに一夜城の調査に向かった。団地の進入路の手前にXトレールを停めて徒歩で進入路を降りた。

 「どこも活動した形跡はないですね」喜多が左右の処分場の様子に目を光らせながら言った。いまやすっかり産廃Gメンが板についていた。右手にはスクラップ業者の秋川メタルの処分場の跡地があった。一夜城にシュレッダーダストを持ち込んだ可能性が一番高い業者だが、処分場は既に閉鎖されて久しく全体が丈高な雑草で覆われていた。

 「ここを斡旋したのは宝塚興業の黒田です」長嶋が説明した。

 「宝塚か。稜友会(西日本最大の暴力団で神戸が拠点)を思わせる社名だね」伊刈が言った。

 「さすがすね班長。ですが稜友会とは関係ありません。大耀会(東日本最大の暴力団で宇都宮が拠点)の狐澤の一派です」

 「なるほど」

 秋川メタルの向いの左手の最下段には地元の赤丸運送と豊臣商事の処分場が並んでいた。最下段の空き地まで来ると確かに蒲郡部長の報告どおりに産廃を埋めたようなマウンドがあった。

 「一夜城とはうまいことを言ったな」伊刈が言った。

 「土俵にも見えますね」遠鐘が言った。高さ一メートルの土砂を真四角に盛った現場は確かに築城の基礎か土俵のようだった。

 「これを一晩でやったとすれば間違いなくプロすね」長嶋が言った。

 「仕事が丁寧すぎて気味が悪いな」伊刈が言った。

 「これだけの仕事ができる穴屋は何人もいないすよ」長嶋が答えた。

 「誰なのかな」喜多が言った。

 「隣の赤丸運送を呼んでみますか」長嶋が言った。

 「赤丸ってどんな会社?」伊刈が問いかけた。

 「今は倅の代ですがオヤジは希望(のぞみ)建設の掘北と言いましてね、この団地を開設した張本人なんすよ」

 「大物じゃないか」

 「倅は収運の許可を取って表向きはまともな営業をしてますが親譲りのアウトローですよ。一夜城とは関係ないかもしれませんが何か情報は持ってるかもしれません」

 念のため一夜城の脇にある赤丸運送の処分場を点検してみたが最近活動した形跡はなく草が生えていた。奥の豊臣商事の看板のある処分場も赤丸運送と同じく掘北がオーナーだったが、コンクリートガラがいくつか転がっているだけでどれも古いものだった。

 長嶋が携帯電話で呼び出すと地元業者の赤丸運送の二代目堀北社長がすぐに現場に駆け付けてきた。黒塗りの真新しいクラウンアリストから降りたのは小柄な親には似ない長身の好青年だった。

 「これは不法投棄すね。ここは処分場じゃないもの」堀北は現場を見るなり不法投棄だと認めた。

 「夕べやられたばかりだ」長嶋が言った。

 「そうすか。自分は関係ないすよ。ダンプの連中が勝手にやったんでしょうよ」

 「重機を回送しなければできない仕事だろう。地元で誰か手引きをしたんじゃないか」

 「それもそうすね。一晩でやったんなら手慣れてますね」

 「何か聞いてないか」

 「さあどうでしょうねえ、こっちの連中の手口じゃないですね。こういう仕事をやるやつはいないすよ」

 「どうして」

 「だってここは駐車場でしょう。こんなところに捨てるのは迷惑すよ」

 「不法投棄にもルールがあるってことか」

 「だってそうでしょう。こんなことやられたらこっちが困るわ。まだここは使うつもりなんすから」

 「閉鎖したんじゃないのか」

 「いざとなれば入れられますよ。新しいのはもう許可にならないからみんな最後の一枚を大事にとってあるんすよ」

 「なるほど」

 「シュレッダーダストが出たんだけど、どっから来たかわかりませんか」伊刈が聞いた。

 「秋川メタルのだったら黒田さんが入れてたけど。もうここには入れてないすから黒田さんとは関係ないと思いますよ。たぶんこれは流れ者の仕業すよ」

 「流れ者?」伊刈が聞き返した。

 「噂を聞きつけていろんな連中が来るんすよ。ここならなんでもありだと思って。連中には仁義なんかないすからね」

 「流れ者でも重機を回送できるのか」

 「地元の重機屋はもうこういう連中には貸しませんよ。警察がうるさいし不法投棄やるようなやつに貸したって金取れないんだから」

 「何かわかったら連絡くれ」長嶋が言った。

 「わかりました。じゃ俺はもう帰りますよ」堀北はほっとしたような顔できびすを返した。

 「あっちょっと待って」赤丸運送の処分場を一人で調べていた遠鐘がゴムの破片を堀北に示した。

 「これはなんですか?」全員が遠鐘の手元に注目した。「これタイヤですよね」遠鐘が続けて言った。

 「あっわかっちゃいました?」堀北は頭を掻いた。

 「タイヤってことは、これもシュレッダーダストですよね。この下に入ってるんですか」

 「黒田さんとこから風で飛んだんですよ」堀北はしらじらしく言った。

 「おい堀北、ほんとだろうな。掘っても何も出ないだろうな」長嶋が少しすごんで言った。

 「いえ実はね…」堀北は口ごもった。

 「どうした」

 「でも誓って夕べのは俺は関係ないっすよ」

 「いつ入れたんだ」

 「黒田さんとこの処分場が終わっちゃったもんだから、ちょこっとだけ入れさせちゃったんですよ。まずかったすよね」

 「いつだ」

 「三年位前かなあ」

 「香川県の豊島でシュレッダーダストから浸出した重金属汚染が問題になってから、素掘りの穴に埋め立てるのは禁止になったの知ってますよね」遠鐘が言った。

 「ええまあ。でもあっちは何十万トンでしょう。これくらいなら大丈夫かなと思って」

 「黒田はまだ秋川メタルと付き合ってるのか」長嶋がたたみかけた。

 「俺が言ったってのは絶対なしですよ」

 「まだ受けてるんだな。今はどこでやってるんだ」

 「あのね小笠原商事の裏ですよ。ほんとに俺のことは内緒ですよ」

 「そのうちここのシュレッダーダストは片してもらうよ。でないと」伊刈が言った。

 「収運の許可を取消すっていうんでしょう。参ったなあ、とんだとばっちりだよ。今日はもういいっすか」

 「また連絡するよ」長嶋が言った。

 「そおっすか」堀北は肩をすくめながら車に戻った。

 「あ、ちょっと」伊刈が言った。

 「なんだいまだあるんすか」堀北が面倒くさそうに伊刈を振り返った。

 「最近ここらへんを出没してるGT-Rの噂を聞かないかな」

 「は?」

 「スカイラインGT-Rだよ」

 「そんなのここらじゃはやらないねえ。ここらはね、やっぱこれクラウンかセド・グロ(セドリック、グロリア。現在の日産フーガ)のセダンしょ。後ろの席が狭いとね、田舎じゃいろいろ不便だからねえ」

 「そんなこと聞いてないよ。品川ナンバーのGT-R、それもわナンバーなんだ」伊刈は真顔で聞き直した。

 「そんなしけた車知らないよ。それがどしたの。もしかしてここの不法投棄と関係あんの?」

 「あるかもしれない」

 「んならそっちで調べなよ。マッポならお手のもんでしょう」堀北はそれ以上答えずに車に乗り込んだ。

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