第3.5話 ある子の心境


 神社の子なんかに産まれたくなかった。小さい頃から何度も心の中に浮かび上がっては、それでももう仕方のないことだとそのたびに諦めていた。


 小さい頃は無駄に友達からすごいだなんだともてはやされた。家が神社というだけで特別視されることが気持ち良かったりもしていた。

 けれど嫌なこと一つ目、家が厳しい。私が一人っ子なことも災いして家のことをすべて叩き込まれた。もちろんほとんど遊んでいる時間はなく、友達はいたが、幼稚園や小学校の外で遊んだ記憶は数えられるほどしかない。入園、入学してしばらくたつと誰も遊びに誘ってくれなくなる。誘ってもあの子は来ないからなんて。

 でもまだこれは耐えられた。別に被害があったわけでもないし、神社に生まれたのだから仕方ないで納得できた。



 嫌なこと二つ目。友達が一人いなくなった。


 同じ幼稚園に私と少し似た立ち位置の子がいた。家は少し離れているけれど、ギリギリ同じ学区内にあるお寺の子だった。幼稚園の頃なんて神社とお寺の違いなんてわからない。赤い門がないなぁ、それくらいだ。彼はよくうちの神社に遊びに来ていた。彼は次男だからそこまで厳しく家に縛られていないことは私とは違ったが、わざわざここまで遊びに来てくれる友達が私にはとても嬉しかった。父も母も少し時間が空けばそこでなら遊んでなさいと彼と遊ぶことを認めてくれていた。


 でも終わりというのは突然になんの前触れもなくやってくるものだった。

 彼が私のことでも紹介しようとしていたのか、うちの神社におじいちゃんを連れてきてしまったのだ。私も門の前に彼の姿を見つけて、いつものように駆け寄ろうとしたのだけれど、聞こえた言葉はひどいものだった。


「神社になんぞ行くんじゃない、ワシたちとはまた違うんじゃ、あちらさんにも迷惑になるじゃろうが。」


 そのおじいさんは私が近くに来ていたことにも気づかないままに彼を連れてそのまま帰ってしまった。すぐに反抗でもできればよかったのだけれど、その時の私はその場に立ち尽くしてしまっていた。たった一人でわざわざ遊びに来てくれていた友達と無理やり引き離されてしまったショックが強かった。

 これが小学生の時のこと。彼は私が近づいてきていたことに気づいていたらしく、次の日に私のもとに謝りに来たけれど、それから神社に来ることはなかった。

 別に彼とのやり取りが完全になくなったわけではなかった。用があれば学校で話すこともあったし、私から話しかけに行ったりもしていた。けれど私は学校ではほかにも話す人はいるわけで、それを見てなのか彼から話しかけてくる頻度は年々減っていった。


 彼と遊ぶことがなくなってから、仕方ないと思っていた家の用事がさらにつまらないものになり、なんで神社の子として生まれてしまったのかを後悔することが多くなった。


 彼とは離れてしまったけれどその一方で私は彼のことを目で追うことが前よりも多くなっていた。彼の母がなくなってしまった時に一度だけ、座り込んで長く話し込んだこともあった。彼はため込んでしまいそうな人だから、少しでも話して楽になってほしかったから、そんな気持ちが私を動かしていた。そのときに医者になりたい夢だとか、これからのことも話してくれたりした。


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 そんな中で体感にしてみれば一年ぶりくらいではないだろうか、実際にはは半年ほどだが、彼から呼び出しがあった。

「話したいことがあるんだけど、今日放課後空いてるか?」

 心の中が少しだけ明るくなった。しかも呼び出し。私だって高校生で友達の話なんかを聞いていたし、告白されたりすることもあった。だから彼に対しても「もしかしたら、」そんな気持ちが大きくなった。

 

 まあここまで長くだらだら話したけれど、端的に言って私は彼のことが好きである。小さい頃からきっとそうだった。


 だから彼から話しかけられただけで心臓が早く動き出したし、顔はほのかに赤くなった。彼が教室を出るとすぐに今一番よく話す友達から

「おぉ、もしかして告白~、このこの」

 なんて冷やかされた。

「い、いや、ちが、違うと、お、思うよ。」

 いつもなら軽く受け流して終わる話題のはずなのに、言葉をきれいに発することさえ難しかった。そのせいでクラスメイトにさらに冷やかされてしまったのは言うまでもない。


 授業が全く耳に入らないまま気がつけばみんなが帰りの準備を始めていた。はっとしてすぐに教科書やらなんやらをまとめて校門に向かった。

 さっきまでボーっとしていたはずなのに、今では鼓動がうるさすぎて落ち着かない。まだ何かを伝えられたわけでもないのに舞い上がってしまっていた。



 でもやっぱり現実は残酷だ。待たせてしまったかと思い、謝りながら声をかけたが彼の隣には先客がいた。二人で何か話している様子だったけど。

「えーっと、どういう状況なのかな?」

「いやお前に話したかったんだけど」

「返事!!聞かせて欲しいな」

 まるで私と彼を会話させないためのように遮る言葉だった。その言葉を放つのはクラスが違う私でもかわいいやらきれいだなんて噂が届いている瀧石さんだった。

「本当にいいのか、かなり迷惑かけちゃうと思うんだけど」

「まあそれはお互いさまってことで」

 待って、私の前で話を進めないで!

「じゃあ俺からお願いする、これからよろしくな」

「うん、大丈夫だよ、こちらこそ」

 結局私が何も関与しないままに決着がついたらしい。もちろん私の不戦敗。


「え、なに今のやり取り、私ってなんで呼ばれたの?」

 決着がついたというのに、それでも私はまだ悪あがきがやめれなかった。

「悪い崎野宮、お前への頼み事今解決したっていうか、なくなったから呼び出しといてなんだけど、えっともう大丈夫だ。ほんとにごめんな。」

「いいんだよ、私に何でも相談してくれて。神社の跡取りである私に任せなさい。」

 ほんとはあの時みたいに、半年前みたいに話してくれたらよかったのになんて思ったって彼はそれ以上口を開いてはくれなかった。


 私のことを呼び出しておいてどういうことだったんだろう。

「迷惑かけちゃうかもしれないけど」「お互いさまってことで」「よろしくな」

 この言葉だけ聞いてしまうとどうしても”告白”の二文字が思い浮かんでしまう。

 どうして、ほんとは私に話してくれるはずだったんでしょ、なのになんで、だれでもよかったの?なんて気づいたら目から涙がこぼれていた。いつの間にか家にもついてるし。帰った時の記憶もないなんて重症だ。

 こうして私、崎野宮遥香の初恋は終わりを告げたのだった。


 なんてね、こんなことで終わらせてたまるか!知らない間に終わってましたなんてそんなのじゃ終わらせられない。むしろここからスタートだ!!


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