第3話 祖父母の心境
「ホ、ホントに連れてきおった…」
家に帰ってきただけで祖父がすでに落胆してしまった。なんだか嘘で申し訳ないが、俺にだって事情はある。このままでは寺を継がされるのだからこれは仕方がないことだ。
「初めまして、尚和君と付き合ってます、瀧石萌音といいます。急な紹介で緊張していますが、よろしくお願いします。」
当たり障りないが、彼女として礼儀正しい挨拶である。自分から彼女のフリをしようとするだけあってその演技は大したものだった。偽物には見えない笑顔、あんな顔を向けられたら誰もがころっといってしまいそうである。
「よろしくのぉ、じゃがなんでお主みたいなきれいな娘がわしの孫なんかと。」
まあ当然の疑問だろう。俺なんかと容姿が釣り合っているとは到底思えない。
「そんなことないですよ、尚和君だって素敵じゃないですか。いつもよくしてもらってますよ。」
昨日初めて言葉を交わしたなんて事実はなかった。そう通すことになっている。
だが嘘と分かっていても自分が褒められるなんてむずがゆくて仕方がない。そわそわしてしまう。
「まあ、そういうわけで。昨日の話はなしってことでいいですか。」
「まあ待つのじゃ、萌音さんだったかな。うちは見ての通りの寺で、あんまり大したもんは用意できないが、今日はゆっくりしていってくれ。」
ばれてしまうんじゃないかって不安が時間とともに大きくなってしまうので俺としてはなるべく早く帰したかったし、瀧石さんにしたって同じ考えのはずだ。ここは断って
「ほんとですか。ではお言葉に甘えさせてもらいますね。」
あれ、そこは断るところなんじゃないか?そんな顔で瀧石さんの方を見ると、他には聞こえないよう小さな声で、
「ここでしっかりアピールしとけばもう彼女がいると確実に認識させられるはずだから。尚和君だって何回もおじいちゃんの目の前で彼女がいるフリを続けたくないでしょ。」
と言われてしまった。先のことまで考えての行動だったのか。なんか計算されつくされている気がするけれどまあ瀧石さんもぼろを出しそうにないし、確かの今日だけで済ませてしまえるならそれに越したことはない。
「じゃあよろしくね」
「まあ任せておいてって」
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祖父はどうやら俺にほんとに彼女がいるか、よりもその彼女がどんな相手なのかを知りたかったらしい。やはりどんな孫であろうとかわいく見えてしまうようで、俺が彼女がいるといった時からそこはあまり疑っていなかったと、さっき部屋に入ってきた祖母が話してくれた。
「でもこんなに可愛い娘が彼女さんなんて、尚君も幸せですね。」
「ほんとじゃわい、これで二人でお寺を守ってくれていったりしたらもう思い残すことなんてないのにのぉ。」
祖父がちらちらと俺に視線を送ってくる。俺に彼女がいるとわかってもまだあきらめきれていないようだ。
「でも俺は医者になりたいって決めました。精神的な面しか助けられないよりも俺自身の手で人の命を救いたいから、お寺は継げないです。」
ちらちらこっちをみてきた祖父の目を見てしっかり告げる。この気持ちは揺らぐことはないから早いところ諦めて欲しい。
「ほらあなた、彼女さんが困ってるでしょう。もうこの話は終わり、夕飯の用意がもうできてるから、彼女さんも食べていってくださいな。」
「いや、私は」
「遠慮することはない。ばあさんの料理は絶品じゃからの。」
「今日は尚君が彼女さんを連れてくると聞いてよりをかけて作ったので食べていただけると嬉しいのですが。」
そう言われてしまえば、もはやなにか大事な用でもない限り断ることができないだろう。
「それじゃあ、いただきますね。」
「よかった、尚君運んどいてもらっていい?」
「わかりました、じゃあ今日は5人分ですね。」
配膳はいつも俺が手伝っているのでためらいなく出ていこうとするが、ちょんと袖を掴まれる。
「私も手伝いますよ。」
「あらいいわよ、大切なお客さんだもの。それより私とも少しお話しましょ。」
一人になるのが少し不安だったのだろうか、自ら手伝いを申し出るが、うまく流され断られてしまう。
「すぐ終わることだから、大丈夫だよ。」
祖母はいきなり見合い話を持ってくるような祖父とは違って常識人なので信頼している。だからまあ何も起きないだろう。
そのまま部屋を出てキッチンの方へ向かう。この部屋とは少し離れているが、どうせ食べるときはリビングなのでみんな移動してくるだろう。
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「ごめんなさいね、尚君と離れ離れにさせちゃって。」
「いえ、そんなことは気にしないでください。」
急におあばあさんの方が話したいと言ったことでひとりきりになってしまって少しテンパってしまう。だがここまで来てばれるわけにもいかないので、気を引き締めつつ受け答えをする。
「でもよかったわ、尚君にも彼女ができたみたいで。」
尚和君のおばあさんはこの部屋に入ってからずっと朗らかな表情をしていた。おじいさんとは違って彼女ができたことを純粋に嬉しく思っているのだろう。まあそれはそれで罪悪感を感じてしまう。
「あの子、母親が亡くなってから塞ぎがちになってしまっていたから、少し安心したわ。」
「そうなんですか?」
正直彼のことをまだ何も知らない私としてはふさぎ込む前も後も知らない。あまり印象に残っていなかったし…。
「えぇ、2年前くらいにね、あの子が高校に入って少ししたくらいだったかしら。病気でね、見つかった時点でお医者さんには手をあげられる状態だったわ。」
それから少しの間、彼の母親のことを話してくれた。母親が亡くなってしまっていたことすら知らない自分が彼女のフリをしていることが少し恥ずかしくもなったけれど、こんなところでやめられないし、きっと彼もそれを望んではないのだろう。
さっきまでは彼がなぜお寺を継ぎたくないのかさえ聞いていなかった。
正直昨日の時点からずっと不思議だった。昨日からの彼を見ているだけだとその理由がはっきりとは見えてこなかった。祖父からの進言を押し切ってまで断る理由がわからなかった。
医者か、確かに私たちが通う高校は進学校で中には医者を志す人もいるが、それでもやはり医学部は狭き門のはずだ。しかも他の人よりも勉強し始めたのが遅いならなおさらだ。
「私はねぇ、尚和君の好きなように人生を送ってもらいたいと思っているんだけれど、まあ家を大事にするあの人の考え方もわからなくはないからねぇ。」
「そうですよね、でも私は医者になる夢応援してあげたいと思ってます。」
正直今その場で考えた言葉だった。でも本当のことだ。彼は彼なりに努力してきたわけだし、急にその夢をつぶされてしまうなんてかわいそうだ。
「うん、だからあの子のこと支えてあげてね。自分のこと話したがらないし無理してるのを隠そうとする子だから、私たちじゃ見れないところをあなたなら見てあげられるって思っているから。」
孫のことを本当に思っているんだな、なんて私のことじゃないのに少しうれしくなってしまう。しかも夢のために家を継ぐとか、お見合いするとか楽な道を蹴ろうとしている彼が少し格好よく見えてしまった。不意打ちは卑怯だ。彼女のフリをしていなければわかることのなかった彼の一面、それを知って私は一言、
「はい!頑張ります!」
とおばあさんの顔を見て言い切った。
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