第2話
空腹感はだいぶ前からしなくなっていた。ただ、飲まなければいけないのだということは頭のどこかが記憶していた。人の半分は水でできてるって話を思い出したのだ。だからそのために、ぼくは体を動かしていた。どこかに水を求めていた。蛇口でもいいし、どぶ川でもトイレでも良かった。
あいつといっしょにさまよった。あいつはのんきで、機嫌良く鼻歌なんか歌っていた。なんの歌なのかは分からなかった。サボテンの歌なんか分からなかった。
「ふーん、ふんふんふーん」
ぼくもいっしょになって歌った。なんの歌なのかは知らない。もしかしたら、歌じゃないのかもしれない。
どれくらいかして、どこかの土手に出た。わしゃわしゃ生えた雑草にまみれて少し下るとどぶ川が流れていた。膝をついて、手で掬って、それは灰色をしていた。口に含んだらあまりに臭いので川に吐き戻してしまった。でもそれがかえって可笑しくて、可笑しくてたまらなくなって、どんなどぶ水でもいいから飲みたくなってしまって、ぼくは掬っては飲んで飲んでは吐いて吐いては飲んだ。汚水がぼくの体の中に落ちていった。明日にはもう、どぶ水はぼくの一部になって、ぼくの半分はどぶ水だ。
どぶ川に生かされて、ぼくはサボテンといっしょに帰った。まっすぐ、覚えてもいない道を引き返す。両手で抱えるサボテンはお化けのように感触がなかった。指にトゲトゲを刺してみたけど、ちっとも分からなかった。
毛布が必要だ。帰り道に思いついて、思いつきであの場所のまわりをうろついた。
一室一室見て回ると、レジ袋とか新聞紙が住んでいたので、跳ねまわるのをみんな捕まえて、ぼくの部屋へ持ち帰った。
砂っぽい埃まみれの新聞をがさがさぼくに被せて転がる。こうしていると、ぼくもごみと一緒だった。誰か燃やしてくれたらいいのに。骨の髄まで灰にしてくれたらいい。リサイクルはいらない。
また頭上が爆破した。
みたいな音がする。
お腹が壊れた。
いつのものか分からないお腹に溜まっていた消化物がぼくの中から出ていった。いつこんなもの食ったんだろう。口からも尻からもみんなみんな出ていった。なんだかもう全部、胃も腸も心臓も脳ミソも沈黙してる臓器だってわあわあ出てきそうだ。空っぽになって皮膚だけでできてるぼくがそこに残ってる。出てっちゃったぼくの中身が隣でだれてる。そんな想像がそばで生まれた。
胃のあたりから体ごとびくびく痙攣した。それにつれて涙と涎と嗚咽がもれてもう全部垂れ流し状態だ。
ぼくしかいない夜この部屋で、壁も電気も月明かりもないここで、ぼくだけの声と、ぼくだけの腹痛で、ぼくだけもがいてた。
朝なんて来るのかなんて、あり得ないどうでもいいことを考えながら震えていたら、朝が来た。
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