す
それから程なくしてエマは退院し、これまで通り瀬戸山のカウンセリングは続けている。加えて翌年度の定時制高校編入を目指し、高校教諭となって地元に戻ってきている神林指導の元受験勉強を始めている。
一方の蕪木は今回の怪我で歩行は困難になるだろうと診断されていた。このまま医師を辞した方がと思っていた矢先、海外での経験も豊富な整形外科医が赴任してきたことで状況は一変した。彼が言うには再手術が必要だが歩行は可能で、自身が執刀すると願い出た。医師として働きたい蕪木の思惑と一致した形で再手術が行われ、無事に成功して復職に望みを繋ぐ。
「経過は至って順調です、今日からリハビリを始めましょう」
蕪木は車椅子でトレーニングルームに向かうと、頭一つ分背の高い見慣れた男性が笑顔で手を振ってきた。
「お待ちしてましたよ、蕪木先生」
「私はまだ患者ですよ」
蕪木は自身のリハビリトレーナーとなった杉浦に笑顔を返す。お互い気心の知れた者同士、医師不足を理由に休業状態の緩和ケア病棟の復興を目標に懸命なトレーニングが行われることとなる。
実は蕪木の再手術を勧めた医師の狙いもそこにあった。彼は妻を癌で亡くしたことをきっかけに、医師としての技術を磨くため海外で修業していた。ところがそこでホスピスのことを知り、日本でも定着させるためにそのシステムを学んできた。帰国の時点で緩和ケア病棟は各地に点在はしていたが知名度はまだまだで、まして地方の病院でここまで立派な緩和ケア病棟がまともに機能していないことに危機感を覚えてここへの赴任を決める。
そこで緩和ケア病棟の医師である蕪木の存在を知り、歩行不可能な状態であると聞かされた挙句緩和ケア病棟閉鎖の話まで持ち上がっていた。ところが調べてみると自身の技術で歩行は可能と分かり上層部に直訴、既に美濃が系列病院に戻っていて
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その頃エマは頼子と共に以前住んでいた街を散歩していた。最近ようやく家が売れて、どんな人があの家を気に入ってくれたのか遠目で見てみたいとエマがわがままを言ったからだ。
「家の前を通るだけだからね、ジロジロ見ちゃ駄目よ」
「分かってるって」
叔母のお小言に失笑するエマの前で、偶然あの家から新しい住人である親子がちょうど家から出てきてこちらに顔を向けてきた。二人は変に視線を合わせないようにしていたが、小学校低学年くらいの男の子が二人を見て言った。
「ねぇねぇ、あそこにお写真のお兄ちゃんがいるよぉ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます