入院患者を二人抱える進藤家は対応に大わらわだった。定年退職している政雄は飼い犬サクラの世話を含め家事を優先、晴子は仕事を優先しているため頼子が蕪木に付きっきりで世話を焼いている。エマは怪我の回復が早くリハビリも始めており、着替え等を直子に持ってきてもらう以外殆どのことは自身でこなしていた。


「なぁエマ」


 この日ランドリーで洗い終えた洗濯物をたたんでいるところに、昼休憩中の久慈が声を掛けてきた。


「ん?」


「お前、記憶戻っとるんか?」


「あぁ、全部じゃないけどな」


「そうなんか? たこととむのことは覚えとるか?」


「それは覚えてる、剛先輩の働いてる店で成人式に集まったのだってちゃんと。ボランティア活動でここに出入りしてたこととかは大体。たださ……」


 エマは一旦手を止める。元のエマとしての記憶は戻ったものの、両親の葬式でのこと、バイクで海に飛び込んだこと、脳内五歳児の状態で目を覚ました辺りの記憶はすっぽりと抜け落ちたままだった。それともう一つ、スマートフォンに自身と仲睦まじく写っている老女のことがどうしても思い出せなかった。しかし彼女の画像を見ているだけで心がほんのりと温かくなり、この女性が今どこで何をしているのかが気になって仕方がなかったので、この際思い切って親友にスマートフォンの画像を見せることにした。


「なぁ、この人のことちょっと聞きたいんだけど……」


「ん? この人……奥貫しのぶさんやな、半年ちょっと前緩和ケア病棟に入院されて三ヶ月前に亡くなられた。最期看取ったんお前やぞ」


「マジか? 全然覚えてねぇ……」


 エマは画像を見つめながら頭を掻く。


「にしてもこれ見る限り恋人同士みたいやな」


「そうなんだよ、だから大事なことのような気がしてさ。亡くなられたってことはどっかに墓とかあるんだろ?」


 エマはどこか他人事のように画像を見つめている。ほんの一瞬だけ目を見開いたことに気付く久慈だったが、何も言ってこないので敢えて触れないことにする。


「おぅ、公営霊園に墓買うててそこに安置されてるらしいわ。外出許可貰うて行ってみるか?」


 久慈の誘いにエマは首を振った。


「いや、怪我治してバイト始めてからにする。公営霊園なら場所も分かるし……せめて自分で花と供え物を買えるようになってからでねぇと会うのが恥ずかしい」


「それはお前の思った通りにしたらえぇ。しっかしこりゃ緩和ケア病棟じゃスキャンダル扱いやなぁ、まぁ昔っから年増好みのお前らしいっちゃらしいけど余所で見せん方がええぞ」


「……お前に見せたのも後悔してる」


 エマはにまにましている久慈を軽く睨む。


「そない怖い顔せんと、俺が言いふらす訳無いやんか」


「その顔殴りたいだけだ」


「嫌やわぁ、女優・・は顔が命やのに」


 久慈は休憩が終わったと言い訳をしてランドリーから出て行ってしまう。エマは親友の残像にため息を吐き、再び洗濯物をたたみ始めた。

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