集中治療室では怪我の状態が酷く意識の戻らない蕪木の治療が懸命に続けられている。そこには緊急で系列病院から助っ人として美濃もおり、蕪木の傷は生々しく体中に刻み込まれている。


「本来は立入禁止だが、君に現実を見てもらう為許可を頂いてる」


 エマは集中治療室の隣室からガラス越しに緊急手術の様子を見つめていた。瀬戸山の言葉通り、ここにいるのはエマ、瀬戸山、杉浦の三人だけで進藤一家は外に控えていた。


『俺は死なない、少なくともお前が生きてる間はな』


 蕪木はエマが幼い頃から口癖のようにそう言っていた。長らく忘れていた言葉だったが、いつだってエマの力になって無条件に手を差し伸べてくれた。父親が自身に無関心だった分、蕪木が実の父親であればどんなに良かったかという思いが何度も何度も頭をよぎった。

 蕪木が母倫子に親類以上の情愛を持っていたことは気付いていた。今となってはそれがどんなものなのかなどどうでも良い、両親以上に気に掛けてくれていた叔父の存在だけが絶対的な居場所だった。

 それなのにも関わらず、エマの不用意な行動のせいで蕪木は生死を彷徨っている状態だ。俺に出来ることは何だ? きっと何も無いのだがこうしてただ息を吹き返してほしいと願うことしか出来ないのがたまらなくもどかしかった。


『でもおじちゃんのほうがぼくよりうんととしうえだよ』


『そんなの関係無いさ、俺は不死身なんだ』


 そう言えば祖父が亡くなった時にも幼いエマにそう語りかけていた。父親が玉突き事故に巻き込まれて大怪我をした時も、叔父の存在のお陰でさほど寂しい思いはしなかった。『俺は不死身』……その言葉に散々甘えてきたと思う、自業自得だがこんな形で蕪木を失いたくない。


「……にが『不死身』だよ、笑わせんじゃねぇぞ」


 エマは持てる力を振り絞って立ち上がり、ゆらゆらとした足取りでガラスに貼り付く。杉浦が引き戻そうとするもその手をさっと払い除けた。


「あんた死にかけじゃねぇか、まともに動けもしねぇでやんの」


 そうしたのは俺だろうが……


 脳内では自身の発言を批判するが、出てくる言葉は身勝手極まりないものだった。こんな言い方しか出来ないが蕪木に目を覚ましてほしい、エマは蕪木に向け必死に叫んでいた。


「いい大人なら自分の言葉に責任持ちやがれ! こんなとこでくたばりやがったら承知しねぇからな!」


 何年も大声を出してこなかった体はあっさり疲弊してへなへなと力が抜けていった。杉浦に支えられて車椅子に乗せられ、元の悪ガキに戻ったエマに瀬戸山は苦笑いしていた。


「俺始末書で済むかなぁ?」

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