さ
女性の話を要約すると、奥貫の一ヶ月昇天記念日以降笑顔が減ってきているような気がするという。活動そのものに抜け目がある訳ではないし、他の子よりも真面目に取り組んでいるのは今でも変わらないと。ただ奥貫が使っていた病室にふらりと入って何をするでもなくぼんやりと突っ立っていることがあり、来週には次の患者が入るのにこのままの状態ではエマにとっても患者にとっても精神衛生上良くないのでは、と言った。
「生活が落ち着いてからじわじわと実感してくることは誰にでもあると思うんです。何か良い方法はないでしょうか?」
「そうですねぇ……」
そんなことがあったなど全く気付いていなかった。勤務上在宅ケアで不在の時間も多いし、同居とは言っても時間が不規則で顔を合わせることもそう多くない。仕事を言い訳にしているのは重々承知しているが、それでも自分なりにエマを気に掛けてきたと自負していただけにこの話はショックだった。
「ここは私に任せてください、血縁者としての責任もありますがこの状況が続くのは業務に差し支えますので。ただ他言無用でお願いできますか?」
「分かりました。ボランティア内で気付いているのは私だけだと思いますので」
二人はそれで別れ、蕪木は医務室に戻った。
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「ただいまぁ……あら?」
病院帰りにスーパーに寄ってから帰宅した頼子は、微かにする焦げた匂いに慌てて家に駆け上がる。投げるように荷物を置いて台所に入ると、付きっぱなしのガスコンロの上で鍋が煙を立てており、調理の途中と思われるエマは、水を垂れ流したままの状態で流し台に立っていた。
兎にも角にも火災は困るとガスコンロの火を消し止めてから水道の水を止める。それでもエマは頼子の存在に気付かず、正面を向いてぼんやりとしていた。
「エマっ?」
ちょっとした危機感を覚えた頼子はいつもよりも大きな声で甥っ子の名を叫ぶ。それでようやく我に返ったエマの体がビクッと震え、弱々しい笑顔でお帰りなさいと言った。
「ただいま、何か手伝おうか?」
「大丈夫だよよりちゃん……あっ! お鍋!」
エマは頼子の脇をすり抜けてコンロの前に行くと、調理の途中だった中身は所々黒く焦げていた。炭と言うほどでもなかったが食べるには厳しい状態になっている。
「……ごめんなさい」
「こんなこと誰にだってあるわよ、今触ると危ないから先にこっちしよう」
頼子が切ったままの野菜たちを指差してエマを呼び寄せ、二人で何とか夕飯を作り上げた。
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