こ
それからエマと奥貫との交流が始まった。勿論患者とボランティアという立場を逸脱したものではなかったが、彼女と一緒に過ごしているとこれまで感じたことの無かった胸の苦しさに悩まされるようになった。
一瞬病気になってしまったのかと言う考えが脳裏をよぎったが、特に体調が優れない訳でもなく熱がある訳でもない。食欲は多少落ちたが普段通りに動けているので、いつまでも理由が分からないまま一人悶々としていた。
「エマ、恋をしてるんじゃないかしら?」
そんな甥っ子の変化にいち早く気付いたのは頼子だった。エマの行動範囲はたかが知れている、特定するのは簡単だった。
「一聖君、エマのこと気に掛けててくれない?」
「勿論そのつもりだが恋くらい良いじゃないか、そういう子がいたっておかしくないさ」
蕪木は寧ろエマの成長を喜んでいる風だった。恋を知れば他人を思いやれるようになる……決してエマが冷淡な人間という意味ではないのだが、ボランティア活動で見る限り一定の距離を置いてドライな付き合いをしている印象だった。勿論久慈や桂と言ったプライベートの友人には心を開いているが、友愛と恋愛では学ぶ内容が全く変わってくるので、蕪木は甥っ子の精神的成長を期待していた。
「俺たちはあくまで『気に掛ける』だけだ、口出しはしないからな」
「そうなんだけど……患者さんの可能性はないかなぁ? と思って。そうなると今のエマに永遠の別れに耐えられるかどうか……それであの時のことを思い出す、なんて事態になったら……」
「そうなることがあったとしてもサポート出来るよう、俺たちはここで共同生活してるんじゃないか」
蕪木は頼子の頭にポンと手を置いた。頼子は従兄の手の温もりに安心して小さく頷いてみせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この日もエマは奥貫の散歩に同行していた。彼女はキッチンのある部屋を使用しており、時々栄養士の指示を仰ぎながら自炊を楽しんでいる。
「いつもこんなお婆ちゃんに付き合ってくれてありがとう、今日はそのお礼を兼ねてここでお弁当を食べましょ」
二人は院内公園に入り、空いているベンチに腰掛けて小さな弁当を二つ広げた。エマはありがとうございます、と言って綺麗に握られた小さなおにぎりを一つつまむ。それは自身の作るものよりもはるかに美味しく感じられ、あっという間に平らげてしまう。
「美味しいです、僕こんなに美味しく作れません」
「あら自炊なさるのね、だったら今度一緒に何か作らない?」
「えっ? でも……」
「大丈夫、先生には私から許可を頂いておくから」
楽しみが増えたわ。奥貫は綺麗な微笑みをエマに向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます